第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その335


―――パロムは青ざめた顔で、敬礼した。


心配している『曙』の背に、一瞬で飛び乗れたのは見事だった。


もしも、乗れなかったらガンダラは口実を得ただろうけれどね。


亜人種の戦士たちがどれほど疲れているのかは、骨身に染みて理解している……。




「まったくもって、平気です!」


「ええ。そのようですな」




―――ロロカと同じ種族ではあると、再確認するだけだった。


パロムは戦いたかったのだ、ディアロスらしく戦場で散ることは恐れない。


ガンダラと歩調を合わせながら、チラチラと視線を向けてくる。


無視すべきかと考えつつも、巨人族の知恵ある男はやさしかった……。




「何か、聞きたいことがあるようですな」


「は、はい!『カール・メアー』の巫女戦士……フリジアが、どう戦ったのか。生きているのかも、気になります」


「死んではいません。彼女の知り合いなのですか?ディアロスである貴方が?」


「偶然、会ったんです。ミアさんを背に乗せて……ビビアナ・ジーを追いかけた」




「なるほど。およそのことに、想像はつきました」


「教えてください。フリジアは……戦いましたか?私は、彼女に槍を託した」


「安心なさい。雄々しく戦い。女神イースと、一騎討までやりました」


「め、女神と……一騎討……っ」




「『カール・メアー』の一員であった彼女にとっては、辛い戦いでもあったでしょう。それでも、彼女は立派に戦い、我々に勝機を与えたのです」


「……良かったです。嫉妬も、してしまいますけど」


「健全な反応ですな。若い戦士は、嫉妬を抱えておくべきです」


「……死ぬ気で、戦いたい」




「無謀はしないように。効率よく戦いなさい」


「は、はい。ですが……私には、責任があるように思います。私は、フリジアに責任を取れと求めて、彼女は応えたんですよ?」


「『カール・メアー』の罪、ですか」


「……今回だけのことじゃありませんから。たくさん、あいつらは……」




「すべてを許せとは、言いません。フリジアの貢献は、大きなものでした」


「……だからこそ、私は……ひどい言葉を、ぶつけたように思うのです。そのときは、正しいハズだった。でも、追い詰めて……」


「いつでも正しい選択など、やれはしません。生き残り、後から確かめなさい」


「……勝ち抜いたあとで、聞いてみます。たくさん、確かめたいことがあります」




―――若者らしく、戦場からだって成長を促されてしまった。


パロムの心は、どんどん複雑なものになっていく。


『カール・メアー』の巫女戦士が、女神イースに一騎討を挑む。


そんな勇敢さと、困難な選択を自分と年齢の変わらない少女が成し遂げるとは……。




―――ディアロスらしく、勇気の価値を考えたがる。


感情移入してしまうのさ、フリジアの立場であったら自分は何処まで戦えるか。


比較してしまうのは、しょうがない。


フリジアの見せた勇気に、どれだけの行いで報いるべきか……。




―――ガンダラは横目で、この若い爆弾みたいな乙女を見る。


体調が不完全で良かったと、彼は思ったんだ。


もしも元気だったら、フリジアを真似て敵に単独で突撃したかもしれない。


パロムは、今にも飛び出しそうだった……。




「……そうだ。ミアさんは、どうなりました?」


「竜と共に、空へ」


「空……ですか……そ、その、そういえば、逆さまになった町が見えるのですがっ」


「あそこに行きましたよ。ルルーシロアという竜と共に。女神イースを、あの都に引きずり込んだのです」




「……さすがは、猟兵ですね。上には、上がいるというか」


「我々も、余裕があるわけではない」


「突撃せよと、命じてくだされば。『曙』と共に」


「死なないように、勝ちなさい」




「……猟兵は、難しい課題をくれるものです」




―――突撃して死ぬ方が、ディアロスにとっては明瞭な選択だ。


どれだけ自分は、複雑になればいいのか。


子供の頃に見えた世界は、とてもシンプルだったのに。


この戦に参加したことへの後悔はないが、多くの悲劇と苦悩を背負った……。




「この、申し訳ない感情は……フリジア・ノーベルへの友情なのでしょうか?」


「友人だと信じられるならば、そうなのでしょうな」


「それが、よく分からない。彼女は……」


「所属や立場、種族などで……相手の価値を判断し過ぎる必要はない」




「そう、なんですか……難しい」


「成長している証ですな。世界は、難しいのです」


「もっとシンプルに、迷いなく強く生きたかったような気もするのです。もしも……」


「もしも、何ですかな?」




「もしも、私が『狭間』の子供の悲劇を見ていなければ、フリジアの活躍をもっと素直にたたえられたハズ」


「なるほど。誰しもが、恨みと怒りからは解放されない」


「……正しいコトだと、思うんです。それなのに……」


「迷いなさい。それが、貴方の人格を作り上げていく」




―――あまり賢くないパロムには、理解できない言葉だった。


迷うことを、ディアロスは評価しない。


北方の戦士たちは、野蛮で単純なのに。


迷うことなく行動する、正しい道だけを選び戦い抜く……。




―――それだけで、良かったはずだ。


北の果ての冷たい風が吹く夏とは、あまりにも違うまとわりつく熱がある。


だから、ディアロスの本分に彼女は戻った。


左右のほほを、自分の手でパチパチと強く叩いたよ……。




「……私は、選びました!」


「聞くべきでしょうな。どうぞ」


「フリジア・ノーベルを、友人だと認定したいと思います!少なくとも、間違いなく、戦友なのですから!!」


「ええ。それでいい。申し分のない答えですな」




―――迷いの重要さを、ガンダラは否定したくはない。


だが、確たる友情が生まれたのは素晴らしいことだ。


ヒトの心にある記憶、それが決めた罪科の重さ。


それぞれの恨みへの対処は、本人に任せるほかはない……。




「戦いに、参加しますよ」


「はい!ストラウス卿の、助太刀に参ります!!」




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