第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その326


―――互いに正しいことをしているし、互いに敵と戦うだけ。


ミアは夢幻の世界から、現実の世界に戻る。


それと同時に、女神イースへと目掛けて襲いかかった。


敵ではあるが、憎しみはない……。




―――フリジアの努力のおかげで、ミアも『カール・メアー』武術を見抜いている。


女神イースが赤い槍を振り回し、五月雨のような突きの乱射を浴びせたとしても。


今のミアには、かすりもしなかった。


ママのおかげで、体力と魔力の疲れも気にならない……。




―――槍の攻めを躱しながら、ナイフとピュア・ミスリル・クローを使う。


女神イースは徐々にだが、ミアとの一対一でさえ劣勢になり始めていた。


猟兵に戦い方を見抜かれるとは、どういう結末を招くのかを示すいい見本だ。


ヒトの武術を使う限り、ミアには勝てないよ……。




―――ガルフ・コルテスの最高傑作は、すべての動きで敵の技巧の裏につけ込む。


もしも、女神イースが無尽蔵の魔力を使えなければ勝負は決まっていた。


だが、すべての戦いに真の意味での平等はない。


戦う時間が長引くだけ、ミアの体力は減っていく……。




『無駄な抗いを求めるのならば、それをするがいい。勝利を得られない戦いを、いつまでも続ければいい。お前は、その果ての無い痛苦に、意味と価値を見つけられるのだろうから』


「勝つよ。私たちには、仲間がたくさんいるんだからね!!」


『ああ。残念ながら、その破滅の道は多くの人間族をも汚染している。だからこそ、『見せしめ』を与えねばなるまい』


「……見せしめ?何を、する気なの、女神イース!?」




『フリジア・ノーベルを使い、証明してみせた。我が権能であれば、人間族からも魔力を奪い尽くせる』


「……っ!?人間族も、殺す気なの!?」


『殺しはしない。殺さない程度に、痛めつけてやるだけだ。ああ、ソルジェ・ストラウスも人間族であるな。卑怯だと、罵るか?』


「ううん。戦場に、そんな考え方はない」




『竜が来ているようだからな。あれも退治しなければならん』


「ゼファーは、強いよ!」


『だが、ヒトに慣れてしまった竜だ。お前たちの仲間を、盾にすればいい』


「人質に、使う気なの?」




『こうして、あえてお前たちの包囲に飛び込めば、『火球』で爆破することもやれんだろう』




―――卑怯ではない、正しい戦術だ。


こちらは数的に有利だからね、大群で女神イースと『ゴルメゾア』と戦っている。


不平等な戦いではあるし、こちらだって卑怯とも言えるよ。


戦場では可能な限りの有効策を費やすのみ、この空間での卑怯とは誉め言葉だ……。




「これじゃ、ゼファーが降りて来れない……っ」


『闘争心が、仇ともなる。自制心に欠けば、操られてしまう。お前の記憶には、『良き賢者』がいる』


「ガルフおじいちゃんの戦い方を、学んだ……っ!?」


『敵からも学べる。有益ならば、利用させてもらおう』




―――ミアの記憶は、戦士としての知識の宝物庫でもあるよ。


ガルフの教えが、山積みになっている。


その記憶と遭遇することで、猟兵の戦いの教えを女神イースも理解していた。


戦いは敵から情報をどれだけ盗めるかで、勝敗は左右される……。




―――女神イースは、あえてこちらの戦士たちの中心に飛び込むことで安全になった。


人間族の戦士たちも血気盛んに女神に鋼を叩き込もうとするが、権能の呪縛に襲われる。


またたく間に魔力を奪われてしまい、その場に立っているだけで限界だ。


女神イースは、見事に人質を取ってみせる……。




「うご、けない……っ」


「……ち、力が、吸われる」


「くそっ。こんなに、キツイのかよ……ッ」


「はあ、はあ。呼吸が、しにくい……」




―――人間族に対しても、権能を行使する。


それは『例外』を作ることよりも、よっぽど簡単な作業だろうね。


女神イースは急激に、魔力を吸い上げていく。


もちろん、人間族であるソルジェからも……。




「オレも、か……ッ」




―――『ゴルメゾア』に追い回される状況で、ソルジェに息切れが起きた。


長時間の戦いの挙句に、魔力を消し去られるのはあまりにも辛いものがある。


『ゴルメゾア』は動きのにぶりつつあるソルジェに対し、さらに苛烈な攻めを与えた。


足がもつれ始めて、巨大な『ゴルメゾア』に追い詰められていく……。




―――ミアとビビアナとフリジア、それ以外からは容赦なく魔力が吸われていた。


戦士たちだけでなく『オルテガ』全体で、この魔力の強制搾取は行われていく。


ジャンと戦っていた帝国兵と傭兵どもにも、その影響は及んでいた。


もちろん、ジャンにもね……。




『な、なんだか……っ。いきなり、か、体が重く……っ。敵も、と、ということは……全員から……っ?』




―――敵の人間族からも魔力を奪ってくれるなら、それだけはマシだ。


逆に言えば、その程度しか救いはない。


敵も味方の全員が、この地域では疲弊していく。


女神イースの権能の本領は、下手すれば世界のすべてを滅ぼせそうだ……。




『生きとし生けるもののすべてを、殺そうと思えば殺せる。その事実を、分からせるための『見せしめ』も、必要であろう。帝国の皇帝からも、支配者の座を奪い返さねばならない。これも、必要な過程ではあるか……』




―――女神イースは、それでも『やさしい』よ。


最小限の被害で、勝利を得ようと考えてはいた。


その方法は、ひとつだけ。


敵の中心を、討ち取ればいい……。




『ソルジェ・ストラウスから、殺してやろう。竜の手助けがなければ、疲弊した状態で『ゴルメゾア』と競り合うのは不可能だ。そこに、私が手を貸せば―――』


「―――あなたは、私が倒してあげる!!お兄ちゃんのところには、行かせない!!」


『ああ。それでもいい。それでも、状況は変わらん。卑怯とは、言うなよ、ミア・マルー・ストラウス。互いの使命のためだ』


「おじいちゃんの戦術を、本当の意味で使いこなせるのは……猟兵だけだよ」




―――猟兵の戦術は、有効かつ合理的なものだ。


しかし、合理的な行いには弱点がある。


理解してさえいれば、それを逆手に取ることはそれほど難しくないからね。


女神イースは、猟兵の戦術の『罠』にハマりつつある……。




「……心が読めるなら、それを利用してあげればいいんだ」




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