第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その327


―――猟兵の戦術を、『見てしまった』。

それは女神イースにずる賢さと、戦術的な選択肢も『与えてしまった』。

ガルフ・コルテスの正統な継承者であるミアは、よく理解している。

かけ引きや選択肢は、『自由』だけを与えるとは限らない……。




―――ミアの選んだ戦術は、とてもシンプルなものだった。

女神イースに向けて、正面から飛びかかっていく。

対応はされるが、お構いなしだ。

力尽きて崩れ落ちた戦士たちが密集した場所へと、自ら突っ込むのみ……。




『私を、短期決戦で狩るつもりか?』

「さあ、どうでしょう」




―――『笑顔』を使いながら、疾風の速さで飛びかかっていく。

赤い槍だろうが、翼による迎撃だろうが。

すべては読まれてしまっていて、今のミアを止めるほどの力はない。

だが、とどめを刺されることはないのだ……。




『何を、企んでいる?』

「それを探るのも、戦いだよね。さあ、何を狙っているのか、読み解いてみて」




―――「戦術には、ふたつの種類がある」。

「『攻撃』と、『守備』だ」。

ミアのように連携で威力を組み上げる戦術は、『攻撃』の典型例だった。

女神イースは、それに比べれば明らかに保守的であり『守備』の性質を持っている……。




―――ミアの記憶を覗いてしまったせいで、女神イースのアタマにはガルフがいた。

戦士としては卓越した知識の持ち主だけど、子育てに向いていたかは評価が割れる。

ガルフは幼いミアに対して、寝物語のように戦闘についての知識を伝授した。

記憶や意識どころか、潜在意識の深さにまで『ガルフが住み着いている』……。




―――女神イースは、そのガルフから『授業』を受け続けていた。

「『攻撃』の戦術を好む者は、常に行動の前後の脈絡を意識している」。

「そういう相手と戦うときに、有効な対策はいくつかあるぞ」。

「代表的なものは、『守備』に徹するということだ」……。




―――「大胆な行いは必要ない。ただただ、状況に対応する」。

「コツは、あまり考えないことだ。まったく考えないってわけじゃないぞ」。

「思考すれば、行動が遅くなっちまう。守るときは、ただでさえ『後出し』だ」。

「速さで時間を補えればいいが、それが難しいなら思考時間を短縮すること」……。




―――つまりは、あまり考えずに本能的な反射に頼るのが『守備』のコツ。

ガルフの教えは、ミアのあらゆる実戦経験に矛盾することはなかった。

その事実の記憶まで、女神イースは把握している。

だからこそ、ミアは『猟兵の哲学』に徹するに違いないと……。




『読み解いて、やればいい』

「そうだね。それでいいんじゃないかな」




―――「戦況というものは、柔軟なものだ。勝利の必要条件はコロコロ変わる」。

「敵の時間を費やしたいとき、敵の行動を遅らせたいときは?」。

「そうだ。話術を使うのもいいし、ただ『守備』に徹するのもいい」。

「援軍が間に合うだとか敵に『時間切れ』があるとかは、これを狙うのがベターだ」……。




『守り切れば、いいだけだ。全員の魔力が尽きれば、『見せしめ』が達成される』

「『攻撃』と『守備』については、たくさん聞いたよ。今のあなたは、完全に……」

『『守備』に、徹すればいい』

「時間を稼げば、あなたが勝つかもしれないからね」




『ソルジェ・ストラウスが死ねば、お前たちの士気も折れる』

「うん。そうだよ。でもね。お兄ちゃんは、そうかんたんには死なない」

『ヤツの動きが、鈍っているぞ。やがて、反撃する力も消え失せる』

「そうなる前に、ぜんぶ解決してあげられるんだ」




『何を、企んでいる?』

「読めば、いいよ。私の心を、私の記憶をね」

『……そこまで知る必要は、ない』

「そうかな?私はね、『攻撃』を組み立てているんだよ」




―――「『攻撃』の肝は、つなげることだ」。

「連携し、敵の傷口を広げてえぐる。一撃は弱くとも、無数につなげれば?」。

「十分に致死的な威力を、敵に与えられる」。

「つなげていけ。あらゆる行いに、意味を隠してやるんだ」……。




―――女神イースは、ミアの心をより把握しようとする。

だが、『最終的な狙い』については見通せなかった。

当然ではあるよ、ミアは『最終的な狙い』を隠している。

それを想像しないように、ひとつひとつの行動だけに集中していた……。




―――「パズルのピースのようなものだ。分散しちまえばいい」。

「敵に読まれないようにするために、フクザツでちいさな欠片に分けるんだ」。

「そうすれば、敵は分析しにくくなっていく」。

「欠片だ。ちいさく小分けにして、読まれないように管理するといい」……。




―――幼い子供を膝に乗せて、そんな教えを説いていく。

『善良な老人』という客観的な評価は、おそらく得られないだろうね。

『白獅子ガルフ・コルテス』は、どう考えても異常な戦闘マニアではあった。

『孫娘』に対しての教育も、異常性を持っているのは当然だよ……。




―――ミアは敵に読まれないように、『戦術を小分け』にする方法が身についている。

そして、それが無意識に行ってもいいことも教わっているのさ。

ガルフの人生で得た教訓でもあるし、キュレネイからの教えでもある。

ガルフは猟兵たちからも、自分の知識の完成に必要な特徴を得ていった……。




―――「『攻撃』は、たしかに知的な行いではあるが……」。

「これを本能的に管理するのは、不可能じゃない」。

「キュレネイが誰からも予測不可能なのは、『顔芸』や体術の切れだけが要因じゃない」。

「あの子は賢い。『攻撃』を組み立てるとき、自分だけじゃなく相手も利用している」……。




―――「そうだ。コツは、『相手を使うこと』だ」。

「相手の行動そのものに、反射するのは『防御』的な特徴ではある」。

「だが、『考えなくても当然なこと』があるとすれば?」

「それを無視してしまえば、さほど考えなくても『攻撃』を組み立てられる」……。




―――難解な教えではあるが、ガルフはミアにジグソーパズルを使って説明した。

「このピースをひとつ抜く、空白が出来ちまったな」。

「だが。周りのピースの絵だとか、くぼみの形から想像はつくだろう」。

「考えなくても、『状況から分かる』部分はあるものだ」……。




―――「『守備』は、それに対して鋭くリアクションすればいいだけだが」。

「『攻撃』は、この抜けちまった欠片を、より巧みに利用することで強くなる」。

「敵に、『見せつける』のがコツだ」。

「敵の想像力に、考えさせてしまえばいい」……。




―――「『攻撃』の戦術は、まさにパズルなんだ」。

「『小分けにした戦術』、欠片を敵に見せつけることで動き始める」。

「敵の想像力、敵の賢さ」。

「そういうものにつけ込むのが、『攻撃』の戦術の本髄だ」……。




―――賢い女神イースは、気づいてしまう。

ミアの動きを読解しようと試みることそのものが、『罠』なのだと。

ミアの心に住み着いた、ガルフ・コルテスが女神をあざけるように笑った。

「そうだ。いつも言っている。『罠』とは敵の賢さを狙うものだと」……。




『私の、行動そのものを……ッ』

「逆手に取って、利用しているんだ。私はね、誰よりもガルフおじいちゃんに似ているから」




―――「最高の『攻撃』は、『罠』だ」。

「そして、最高の『罠』を完成させる最大のコツは」。

「まったくもって、何にも『容赦しない』ことだ」。

「『目的』のためになら、いかなる犠牲を惜しまないことも必要になる」……。




「私の『目的』は、どういうコトか分かるよね?」




『……っ!?あの、『狭間』と、フリジア・ノーベル……っ』




「そうだよ。あのふたりを助けるためなら、『どんな犠牲』も惜しまない。どうせ、あなたに、みんなが殺されちゃうなら……わざわざ、手加減なんてしなくていい。私はね、誰よりも『攻撃』の専門家なんだ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る