第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その323


―――ミア本人よりも、周りの者たちが恐怖したよ。


ビビアナやフリジア、それに心のなかに女神イースが侵入してきた者たちも。


あれは戦いとは別の、恐ろしい攻撃だからね。


女神イースも自信があるようだ、ミアの心を屈服させられると……。




―――権能は、即座にミアを捕らえていた。


ミアの記憶を調べ上げて、無数の悲劇を見せようとする。


13才にも、思い出したくない過去はいくらでもあるよ。


多くの亜人種の戦士たちの不幸を、見届けて来たのだから……。




―――ソルジェとガルフに連れられて、大陸各地を旅して回る。


反帝国の組織に傭兵として参加しては、ソルジェは戦いを続けていた。


故郷を帝国に奪われた亜人種の戦士たちと、幼い頃から共に過ごしている。


そして、その大半の命が戦場で散って行ったよ……。




―――ミアにやさしかった戦士もいれば、子供を嫌う戦士もいた。


どちらも、ミアからすれば好ましいプロフェッショナルだ。


子供を嫌う戦士たちの理由も、ガルフから教わっているから怒りは持たない。


「あいつらは、自分の子供たちを殺されている。だから、子供を見るのが辛いのさ」……。




―――故郷を奪われるということは、そういう意味だよ。


亜人種を奴隷にするか、あるいは虐殺してこの世から消し去ってしまうか。


敗北の先にあるのは、ふたつにひとつしかない。


そして、そのどちらも悲劇的な破滅だった……。




―――子供はね、無力だから『商品』にされやすい。


大人よりも従順で、脅しにも弱いからね。


成長過程の心は、いつも納得できる自分を探しているから怪しげな思想も刷り込みやすい。


敗戦した土地からは多くの子供たちが、さらわれていく……。




―――奴隷になった子供たちを、生き残った親たちも探したりあきらめたりした。


だから、ミアは戦場にいる亜人種の戦士たちが好きだよ。


自分のことを嫌っていても、彼ら彼女らの瞳には悲しい風が吹いている。


その悲しさを、ミアは受け取るべきだと幼い頃から理解していた……。




―――それは、ガルフが教えたからじゃない。


ママがミアを奴隷の立場から逃がしてくれたから、この親たちを好ましく思える。


たとえ戦士たちが道半ばで死んだとしても、その想いは誰かが継承すべきだとね。


自分の『役割』を、ミアは幼いながら自分で選んでいた……。




―――強い子だよ、誰よりも純度の高い猟兵は。


子を奪われた親たちのために、大きくなったら戦ってやろうと決めるなんてね。


子供らしくはないけれど、猟兵らしい。


ミア・マルー・ストラウスは、そういう女の子だ……。




『それらの悲劇を、二度と起こさないためには―――』




―――女神イースは、ミアの心を説き伏せようとした。


13才の少女が相手なら、さほど難しくないとでも考えたのかもしれない。


ああ、まったくもって傲慢が過ぎるよ。


ボクたちのミアは、誰よりも猟兵だというのにね……。




「悲劇なんて、いくらでも起きるよ。これからも、ずっとね」




―――深層心理の世界にいるミアも、現実的だった。


世界を変えることに対しても、過度な期待はしていない。


たとえソルジェが望む『未来』がやって来たとしても、争いも戦いもあると信じている。


人々が織り成す世界は、信仰心が期待するほど美しくはないものだと……。




「だからね、永遠に抗うんだ。戦いを続けるよ。私たちが欲しいモノを奪い取って、私たちが守りたいヒトたちを守るために。力尽くで、それらを成し遂げるの」




―――幼さもあるだけに、その認識の純度はソルジェよりも深いだろう。


敵か味方か、それがミアにとっては大切な論理だった。


例外は、ない。


当然だよ、『敵か味方しかいない』という判断は絶対的に正しいからね……。




「だから、敵でも味方に変わってくれるなら問題ないよ。ヒトはね、変われるんだから。女神イース、あなたも変わればいいのに。それだけ強いなら、それだけ『やさしい』なら、もっと苦しい戦いの道を選べばいんだよ」




―――ミアは、甘くはない。


とくに、猟兵としての哲学を持った彼女はね。


深層心理に君臨しながら、いつでもミアを間違いから救ってくれる。


「『正義』を決めるのは、いつだって暴力だ」……。




『恐ろしい思想を植え付けられたな。ガルフという祖父に、洗脳された』


「洗脳?……そういうのじゃ、ないよ」


『普通の子供は、そのような考えを持たない。大人もだ。もっと苦しい戦いの道を選ぶ?それは、大きな痛みを伴う。誰もが、それを選べるはずもない』


「うん。だから、『それを選べるヒトが他のみんなの分まで、がんばる』んだよ」




―――ミアが戦士に敬意を表する理由は、それだった。


誰もが戦士にはなれない、人生や命を戦いに捧げ尽くすなんて異常な行いではある。


それを選べるほどの、『苦痛に満ちた願い』があるから戦士をやれた。


ミアは、そんな道を選んだ者の全員が好きなんだよ……。




―――女神イースは、判断を誤っていた。


ミアの心を、簡単に掌握できるなんて大間違いだよ。


誰もが、『仮面』を操っている。


表面的な性格とは別に、自分でさえ把握しかねる『本質』が深層心理にはいた……。




―――ミアの『本質』は、猟兵であり竜騎士だ。


とっくの昔に、誰よりも生粋の戦士だ。


それは鋼のように揺るぎなく、心の奥底に君臨している。


女神イースが見下ろす『本質』は、恐ろしく巨大で根深かかった……。




『お前の兄も、相当な戦士であるが……お前は、ある側面ではソルジェ・ストラウスよりも戦士としての資質を強く持っている』


「……そうかも?『パンジャール猟兵団』の猟兵の全員がね、それぞれ別の最強なんだ。負けないよ。私は、暗殺者としてなら……お兄ちゃんよりも、強いもん」


『説得するのは、難しそうだ。だが、ミア・マルー・ストラウスよ。その心を、揺らがせる術も用意できる』


「そうなんだ。どういうの?」




『幼い心にやりたくはないが、悲劇的な記憶を繰り返し見せる、などだ。お前は、母親の死と立ち会っただろう』




―――ミアの表情は、変わらなかった。


恐怖は想像力と相性がよくて、それに囚われると痛い目に遭う。


ポーカーフェイスは、こんな状況でも有効だよ。


プロフェッショナルに徹すれば、どんな状況に置かれても心は揺らがない……。




「ママに、会わせてくれるとすれば……笑顔で会わなくちゃね」



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