第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その322
―――『ゴルメゾア』は、『オルテガ』上空に到着している。
城塞にいた戦士たちによる迎撃は、行われることがなかったよ。
竜を模した姿だったからでもあるし、そもそも高度と速さに対応できない。
『ゴルメゾア』の飛ぶ高さまで、矢を撃てるのはエルフの弓使いぐらいだったしね……。
―――こちらの亜人種の戦士たちは、青息吐息。
今にも心臓が止まってしまいそうなほど、くたびれ果ててしまっている。
『ゴルメゾア』は恐ろしい勢いのまま、女神イースとの戦いの場に突っ込んでいたよ。
ソルジェとミアは、回避するしかなかった……。
―――石畳が粉砕されて、土煙が高くにまで上がる。
避けなければ、ふたりともミンチになるところだったね。
女神イースのとなりに、『ゴルメゾア』は到着してしまった。
土煙が止むと、若い戦士たちは偽りの竜の醜い姿に恐怖する……。
「な、なんだよ。あれは……っ」
「女神の、護衛かよ!?」
「あんな、バケモノまで……」
「……本当に、神さまだっていうのか」
―――動揺する若者たちを、ガンダラは諭してやりたくなっていた。
だが、言葉が口から出てくれない。
『ゴルメゾア』のせいで、ますます魔力が奪われてしまっている。
やれることはより少なくなった、せめて士気を維持するために立ち続けることか……。
『この獣は『ゴルメゾア』だ。数多の孤児たちの祈りである』
―――女神イースに伸ばした鼻先を、彼女の指に撫でられると。
『ゴルメゾア』は歓喜の歌声を放つ、イース教の聖歌だ。
レナス・アップルの至高の歌声が、死者で編まれたおぞましい獣からあふれる。
救いを求める弱者たちの祈りは、女神イースの救済の動機となるらしい……。
『お前たちの敗北は必定。不必要な死を避けるがいい。ソルジェ・ストラウス。お前が死んでくれるならば、これ以上の人間族の戦士は殺さない』
「勝てば、いいだけだ」
『勝てるとでも?お前の竜が来たところで、私と『ゴルメゾア』を倒せるはずもない』
「おいおい、竜と竜騎士を舐めてもらっては困るぜ」
『無駄な闘争を続ければ、先ほどのフリジア・ノーベルのように、無意味に命を散らす者も増えてしまう』
「無意味ではない。お前の武術は、もうオレには効かん」
『犠牲で得た。ただひと時の優位を。そちらの体力は、無限ではない』
「無限など、神にさえないだろう」
『確かめてみるか?あり得ぬ勝利を目指し、私と『ゴルメゾア』と永遠の闘争を続けるのか?周りの者の命を、犠牲にながら。お前が指揮官ならば、敗戦を受け入れる責任も背負わねばならない』
「勝てばいい。そして、これからお前に勝ってやる」
『……その傲慢さが、世界を壊し続けた。やはり、ヒトに世界を委ねるのは間違いだ』
「あきらめないからこそ、世界だって変えられるんだ」
『不可能に、周りを巻き込むな。その言葉が、その半端な力が、多くの者を苦しませる』
「ひとりではやれない。だからこそ、周りの者を頼るだけだ」
『……会話は、無意味だな』
「ああ。だが、取引はやれそうだ」
『取引、だと?』
「空で、戦おう。この場で戦えば、死者が大勢出る。それは避けねばならん。そっちにとってもいい条件だろう。お前は翼があるし、そのデカブツは飛んできた」
『……私が竜の到着を、待つとでも?』
「……まあ、そう都合よくはいかんよな」
『死ぬがいい。ソルジェ・ストラウス』
―――『ゴルメゾア』が、おぞましい巨体を揺らしながらソルジェを狙う。
交渉で時間稼ぎしたかったけれど、それを見破られていた。
女神イースも口ぶりに反して余裕などなく、竜の強さを認識していた。
ソルジェは圧倒的な物量に、追い回されることになる……。
「全員、避難していろ!!このデカブツに、轢き殺されんようにな!!」
「は、はい!!」
「距離を取って、援護射撃を!!」
「ストラウス卿のために、逃げ道を作るんだ!!」
―――『ゴルメゾア』の巨体は、かなりの速さがある。
だが、ソルジェは慣れていたよ。
竜のようなサイズと戦うのは、アーレスとの稽古で十分に経験済みだ。
対応は可能だが、それは体力を使っていく……。
『休ませはしないぞ。そして、私も、お前の討伐に参加する』
「そうは、させない!!」
―――ミアの奇襲も、回避されてしまう。
空中に浮かび上がってしまえば、射撃で応じるほかにない。
女神イースは『ゴルメゾア』から逃げ回るソルジェを、狙い撃ちにした。
赤い翼を羽ばたかせる度に、羽根が弾丸となってソルジェに飛んでいく……。
―――『ゴルメゾア』の猛追だけでなく、その弾丸も気にしなくてはならない。
いくらソルジェでも、追い詰められるのは時間の問題だ。
極限を強いれば強いるだけ、体力はあっという間に燃え尽きていく。
女神イースは理解したのさ、ソルジェを殺せばこの戦いに勝てると……。
『お前は、悪しき扇動者だ。多くの者を巻き込み、歪めてしまう。我が信徒であるフリジア・ノーベルにさえも、あのような選択をさせた。叶わぬ夢に、犠牲を強いるとは』
「フリジアは、自分で道を選んだよ!!女神イース、あなたも変わればいい!!」
『ケットシーの娘よ。そんな状況は訪れない』
「信じれないんだ!!ヒトのことを、あなたは信じていない!!」
『信じるに、値するとは思えぬよ』
「降りて来なさい!!私と、一対一で、戦え!!」
『戦ってやる必要もない。お前には、力よりも……心に分からせてやればいいだろうからな』
「心に、分からせる?」
―――その言葉を聞いて、ビビアナは青ざめた。
レナス・アップルやリュドミナ、彼女たちは精神的な攻撃を得意としていたからね。
女神イースは、それをミアにもやろうとしている。
ミアは猟兵だから戦闘には強いが、13才の少女の心はどれだけ頑強なのか……。
「やめなさい!!女神イース!!ヒトの心に、ずけずけと土足で入り込もうとしないで!!」
「心に、入る……!?」
『ケットシーの娘よ。お前は『例外』だ。お前の命だけは助けてやる。だから、これ以上、私を邪魔するな。邪魔をするというのなら、お前の心を破壊してやるぞ』
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