第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その318
―――ビビアナの言葉に従うことで、フリジアは完全な催眠状態に入ったよ。
今の彼女は、アルティミスそのもののような人格になっている。
仮面の下で微笑むと、戦士たちの群れと互角以上に競り合う女神イースに向かった。
まるで猟兵のような速さであり、彼女の限界を超えた脚力がそこにある……。
「『師よ!このアルティミスが、一騎討にて挑ませていただく!!』」
『……憑依の術か。心を、模倣したところで!!』
「『それが有効なのは、貴方も思い知っているはずだ!!』」
『代償と器の質があってこそ、本物になれる!!お前の肉体に、真のアルティミスは宿れない!!』
―――それでもフリジアの挑戦に、女神イースは引き込まれていた。
ソルジェとミアも、この一対一を許してやる。
みんなの体力も限界に近い、魔力を吸い上げられなかったとしても。
女神イースは無尽蔵の体力で、暴れ続けているのだから……。
―――ストラウス兄妹は、女神イースの隙をうかがいながらも休みに入った。
ふたりはフリジアとビビアナの考え以上に、この戦術の有効性を信じている。
『カール・メアー』武術を刻み付けることで、女神イースは弱体化すると。
武術の癖を強調させる結果になれば、楽に戦えるだろう……。
―――おそらく、女神イースも理解はしていたはずだ。
アルティミスと戦ったとしても、敵に情報を与えすぎてしまうだけだと。
だが、抗えない。
『神さまは願いを叶える存在』だと、女神イース自身も理解しているからだ……。
「……『ギルガレア』と、同じってことだろ」
―――兄のつぶやきに、ミアはうなずく。
神さまにさえも、法則があった。
とくに人造的な神さまなら、それから逸脱することはできない。
ビビアナは、そのあたりを理解していたのさ……。
「弟子からの挑戦を、断れないでしょう。フリジアの……アルティミスの願いは、切なるものだから。女神さまなら、受け止めるしかない……私からすればサイアクの天敵だけど、困ったコトに悪人でもない」
―――アルティミスが槍の突きを叩き込み、女神イースはそれを紙一重で回避した。
理解しているからこそ、当たらない。
『カール・メアー』武術のお手本のようで、まるで『演武』のような美しさがある。
何とも『観察』する対象として、良い動きだったよ……。
「『さすがです、師よ!!』」
『お前は、その程度しか力が出せていない』
「『まだ、これから!!』」
『未熟な腕では、何も守れんのだ!!』
―――アルティミスの槍は、かなりの速さで繰り出されていく。
だが、それらのすべてを女神は見切っていた。
必要最低限の動きで、避けられてしまうあたりが証左となるよ。
何年も同門として切磋琢磨した者たちの、最適化してしまった『無限の引き分け』だ……。
―――この闘争に、アルティミスの勝利はない。
おそらく一発だって、命中しないだろう。
それに比べて、女神イースの攻めはあらゆる面で上回っていた。
『殺そうと思えば、いつだって殺せる』のさ……。
「『さすがに、いい動き……っ!!』」
『そのような腕で、アルティミスを騙るなど。無礼が過ぎる』
「『いいえ。私はアルティミス!!必ず、師に一撃を当ててやります!!師を、越えねばならない!!』」
『本物であったとしても、かつて、アルティミスは挫折したのだ』
―――アルティミスたち女神イースの使徒たちの多くが、殉教しているよ。
イース教を広めるための日々、理想と離開した現実の苦難の前に死んだのさ。
女と子供の守護聖人である彼女も、伝承では多くの魔物を退治したあとで死亡した。
世の中は、理想を貫くのに適した場所とは限らないものだからね……。
『あれだけお前が身を捧げても。世界は、変わらなかっただろう』
「『だからこそ、再び戻ったのです!!』」
『無益な時間を、繰り返したところで……悲しみと苦しみが増えるのみ。それを分からないお前でもなかろう。ヒトは、自分とは異なる者を嫌う本能を持っているのだ』
「『だとしても!!私は、こうして再び……戦えている!!守るべき者たちのために、私が得られなかったものを持つ者たちのために!!』」
『その道は、苦難ぞ。愚かな弟子よ』
―――女神イースが、一瞬だけ殺意を全開にした。
ソルジェとミアは、「マズい」と感じていたよ。
フリジアが殺されると判断して、反射的に体が動きそうになる。
珍しい早とちりだったよ、アルティミスは赤い翼を回避してみせた……。
『これを、避けるだと?』
「『教えて、いただいと通りに……反応できましたっ!!』」
―――これは、フリジア自身の才能に依存した結果だったよ。
『カール・メアー』での努力の日々と、ここ数日の大冒険が彼女に力を与えている。
女神イースの完璧な『カール・メアー』武術を、肌で感じ取ることでの成長もあった。
わずか十数手の戦いで、フリジアは成長しているのさ……。
―――猟兵並みとは言わないが、彼女も十分に『天才』扱いしていいレベルに至った。
女神イースの殺気を込めた一撃を、本当に避けてしまったのならばその資格はある。
身体能力や心理操作術で強められた精神力、それに覚悟の大きさ。
さまざまな力学が、フリジアの成長要因となっていく……。
「『師よ、私は、弱いままではないのです!!日々、這うような遅さかもしれませんが、進み続けました。私は、鍛錬を欠かした日はない!!』」
―――かつてのアルティミスがそうであったように、フリジアもその言葉に偽りはない。
高められるのは日常だけ、そういった言葉の通りに鍛錬を繰り返す。
終わりのない自己研磨と、無限の努力の道だ。
より良い現実を得るための最善の策は、いついかなるときもそれだけだよ……。
「『この日々は、長く……辛く……多くの犠牲を強いてくる!!私は、願いと比べて、何とはかないことか……貴方に比べれば、何とつたない武術しかやれないのか……強ければ、より多くを助けられたでしょうに!!』……もっと、早くに、救うべき者が見えたのに!!」
―――仮面の下に、千年を超えてふたりの迷える者がいた。
女神イースは、それを感じ取ってやる。
無下にできはしない、女神イースは『やさしい』のだから。
そして、おそらくその迷いは……。
「『強くなりたい。賢くなりたい。守るべき者たちが、誰なのかを理解して。その守るべき者たちの全員を、守ってやれる者になりたいのです。ですが、どうにも、限界というものが邪魔をする』……それを、ちょっとでも、変えて……より成長したい!!」
―――大きな望みを抱けば、失敗と挫折の痛苦を数多く味わうことになるのは当然だ。
亜人種や『狭間』にやさしい世界なんて、現実離れした状況だからね。
世界を無理やりねじ曲げてやらないと、そんな幸福は手に入らない。
それはある意味では、無限の苦しみのようなものではあるのだけど……。
―――圧倒的な強者に、圧倒的な現実に。
打ちひしがれながらも向かい続けるなんて、地獄のような行いだろう。
状況がより良くなる保証もないし、なったとしても限られたものだ。
『それ』に人生と命を捧げ尽くすなんて、どこか恐ろしい選択だよね……。
『……どうして、それでも笑うのか』
―――フリジアとアルティミスは、仮面の下で笑っている。
やけくそになっているわけでもなくて、むしろその逆だよ。
彼女たちは、理解しているからだ。
無限なほどに遠い道のりを、歩み続ける地獄の意味をね……。
「『さみしく、ないのです。師よ、今の私は『孤独』とは最も遠い。多くの願いが、叶わぬまま散っていきました。世界は、いまだに不完全なまま。痛みも多く、苦しみもあふれている。それでも、ちゃんと……受け継がれていた。私の願った世界を、この子も望んでいたのです。私は、無数の魂たちと共に在るのです!!』」
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