第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その317
―――女神イースとのあいだにある、絶望的な実力差。
それを補うための、『演技』が始まった。
仮面をつけたフリジアは、女神イースを見つめる。
群れ成す戦士たちと、互角以上に競り合う怪物だ……。
「とんでもなく強い。でも、ストラウス卿やミアは対応している」
「うむ。さすがだな」
「ヒトでも戦えるわ。それが大切。フリジア、不可能じゃない……あいつのなかにいる叔父さまが、あなたを殺さないように手加減をしてくれるはず」
「……メダルド・ジーが、女神イースのなかに……」
「取り戻したいの。あいつが出てきた『繭』に、叔父さまの臓腑を入れて……作り直す」
「な、なるほど。それは、とんでもない作戦だなっ」
「やれる。叔父さまと、『カール・メアー』の巫女たちが、女神に変わった。その逆を、すればいいだけ」
「私にとって親しみ深い者たちで、あの女神イースはつくられているわけだ」
「ええ。だから、怖がらないで」
「怖くは、ないよ。むしろ、やる気にあふれている。ビビの父親を取り戻してやるぞ」
「うん。私のもう一人のお父さんを、助けて……」
「集中する。催眠術を、かけてくれ」
「あいつの動き、『カール・メアー』っぽいのね?」
「そうだ。だから、見える。速過ぎるくせに、分かるぞ」
「それを、もっと引き出すためには?」
「こちらも、『カール・メアー』流に戦ってやればいい」
「OK、作戦はそれでいいわね。じゃあ、あいつの得意な武器は何か分かる?」
「女神イースの武器は、本来ならば槍。それまでは、作れていないのかもしれない」
「それでも、槍らしい動きではあるわね」
「うん。赤い翼を、長柄の武器として用いているようだ……自在に回転しながら、隙を作らない」
「あいつの戦い方に、詳しいのね」
「今の私は、『アルティミス』だからな!」
「女神イースの一番弟子なら、あいつから手ほどきを受けていた」
「……うん。『アルティミス』は、武術を授かった。女神イースから、直接……」
「それならば『師弟』として、振る舞うの」
「……っ。うん!」
「あいつは『アルティミス』の師であり、あなたはあいつの弟子。師弟らしく武術の訓練をするような感覚で、武術を引き出しにかかりなさい」
「そうすれば、ミアやソルジェ・ストラウスが……」
「覚えてくれる。あのふたりなら、『カール・メアー』の武術を見抜いてくれるから。それが、あなたの任務になる」
「フフフ。それならば、楽勝だ。『たんに練習するだけだから』!」
「あらゆるレッスンのコツは、楽しむコトよ」
「ふむ。師弟の鍛練は、きびしさと同時に楽しみに満ちているものだ!」
「その記憶を、思い出しなさい。アルティミス」
―――心理操作術が、フリジアにほどこされていく。
『あるはずのない記憶』さえも、ヒトは想像できるものさ。
『カール・メアー』という環境で、純粋培養された者には聖典の物語を幻視できる。
フリジアは『思い出してみた』、女神イースと一番弟子の鍛練の日々を……。
―――それらは想像力の産物でもあり、聖典に書かれた『事実』でもある。
『カール・メアー』武術の最高峰たちの鍛練の記憶なら、フリジアも持っていた。
それらを組み合わせながら、フリジアの想像力は『あるはずのない記憶』を見る。
女神イースとアルティミスは、かつて槍の鍛練をしたのだ……。
「『師は、強くあれと、『私』に求めた。いや、『私たち使徒』に……すべての人々に、幸せを与えるために……』」
「どんな鍛錬だったの?私に教えて」
「『血のにじむような日々。それでも、耐えられた』」
「どうして、耐えられたの?」
「『女と子供の守護者となるべき使命があったからだ。私は』……捨て子だった。けれど、たくさんの愛をもらえた。『恩返ししなくては、ならない』」
「女神イースに、恩を返したかったの?」
「『それだけじゃない。守りたいのだ。私は…………家族に、あこがれているから』。私には、なかったはずなのに。女神イースの教えが、家族をくれた……家族だ。すべての家族を、守ってやりたい」
「あなたの純粋な願いを、女神イースは誇らしく感じていたでしょうね」
「『ああ。いつも、その鍛錬は厳しくも……師は、笑っていてくれた』」
「槍は、あなたも使えるでしょう?」
「『一通り、使えるに決まっている。女神イースの聖なる武器を、私も使いこなしてみたいと、巫女戦士の誰もが願うのだからな!』」
―――ニヤリと笑うフリジア、いやアルティミスのために。
ビビアナは戦場に転がる一本の槍を手に取って、差し出してやった。
アルティミスはそれを握りしめると、くるくると器用に回転させてみる。
催眠状態にある彼女は自信に満ちていて、この槍の舞いも見事な鋭さがあったよ……。
「さすがよ。『カール・メアー』武術の力を、引き出してきなさい」
「『いつものように、やるだけだ!!今日こそは、一本ぐらい勝ってみたいものだな、我が師に……』」
「弟子の義務でもあるからね。いつの日か師匠を越えて、より強くなっていくの。きっと、今日がその日になるわ。あなたなら、何だってやれるから」
「『そうとも!!守ってみせるぞ……お前の家族を!!この世界にある、すべての家族を!!それこそが、師の本懐でもあるのだから!!』」
―――捨て子の少女は、かつてのアルティミスのように。
大いなる覚悟を決めて、槍を握った。
自分に与えられなかった幸せを持つ、他の誰かのために。
「私は、そういう力になりたいのです」、聖典の時代にひとりの乙女は師に語った……。
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