第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その94
動く。考えることが苦手なチームではあるから、それが相応しくはあるぜ。
「情報をくれたことには、感謝する」
「……ああ。オレたちは、これから……どうすればいい?」
「敵にする質問じゃないだろう」
「それは、そう、だな」
疲れ果てている帝国兵の小集団だ。こいつらは何にも影響をもたらすことはない。だが、アドバイスはしておこう。
「帝国軍に戻り、リヒトホーフェンの悪事でも告発してみるがいい」
「そんなことをすれば……帝国貴族と、帝国軍のあいだに亀裂が入る。それを、狙っているのか?」
「もちろん。敵だからな」
「……敵か。だが、誰が、敵なのか。もはや……」
「乱世だぜ。本当に信じられるものを、選ぶのも正しい」
このアドバイスに尽きる。帝国は強大だが、それだけに破綻も大きくなっている。大陸を南下するほどに、内部対立が深刻化しているという傾向もあった。
ユアンダートの支配力も絶対ではない。息子であるレヴェータや、ファリス王国系貴族は対立を企画して、そのうえ、リヒトホーフェンのような暴走を起こす者も現れている。こいつらが、それなりにつるんでいたのも興味深いところだ。
チーム・邪教でな。
イース教を国教に据えてしまったことで、まとまりも生まれているようだが、それに反発する力も顕在化しているかのようだ。
混沌とした今の大陸において、迷っているのは上官どもに利用された挙句、捨て置かれた状況になってしまったこの帝国兵どもだけはない。
これを、利用することができれば……。
そんなことを悪いアタマの片隅に思いつつ、ゼファーに乗る。『西』に向かうため、夜空へと戻った。
「低く飛べ。『ギルガレア』は見張っているかもしれん」
『めだたないようにだね』
「ああ。そして、地上部隊の視線と一致しておきたい。地上からの角度の方が、見えやすいランドマークもあるかもしれんからな」
起伏の目立つ地形とやらには、すぐに辿り着いた。地平の影が、何とも不ぞろいだな。ところどころが盛り上がっていて、その周囲はくぼんでいる。
「ガタガタしてるね」
「構造物があるようだ。いや、あったか」
起伏を作り上げているものは、崩れかけた城塞や、倒された石柱。砂と土に呑まれかけている石造りの家屋と、枯れて崩壊した溜め池、地下にある空間へ地表の土が崩落して生まれたような大穴などなどだ。
かつてはそれなりの施設が、ここにあったらしい。
「ずいぶんと古い構造物のようです。しかも、主要な建物に対しては、意図的に破壊されたように見えますわね」
『はかい……こうげき?……とりで、かな?』
「それにしては、街道からも離れ過ぎている。隠れやすくはあるが、いくら何でも隠れ過ぎだ。『オルテガ』を守るにも、攻めるにも、全く向かない」
「では、軍事施設ではなかった。そうなれば、『蟲の教団』の施設だったのでしょう」
「そっか。そこに、敵をおびき寄せようとしているんだ」
『ぼくたちから、『ぎるがれあ』は、にげてるんだよ、きっと』
「かもしれんな。偵察に入る。右回りに旋回しろ」
『うん!』
大きな旋回で、その施設群を観察していく。転がされた石柱の表面は風化しているものもあったが、一つの特徴があった。
「削り取られているような痕跡がある」
「宗教への破壊ですから。おそらくは、シンボルが刻まれていたのでしょう。そういったものを破壊したり、勝者となった宗教が新たに自らのシンボルを上書きしたり……そういう行いかもしれません」
「『蟲の教団』は、嫌われていたんだね」
「邪教じゃあるからな」
同情はしない。生贄を求めるような宗教などというものは、どう考えたところで間違っているのだから。
探りつづける。起伏のある土地というのならば、やはり起の方が怪しくも感じるぜ。より高い場所が、本命かもしれん。『ギルガレア』どもの傾向ではな。低い場所に忍び、待ち伏せするのも悪くないが……。
『……『どーじぇ』、かびの、においがうごいてる』
「カビ?」
『うん。ふるい、におい。じめんのしたで、うごいてる!』
考えてしまったが、それも一瞬のことだ。地上の一部が爆ぜて、古い石材どもが割れてしまいながら空へと散る。
「何か、来るよ!」
地面を突き抜けて、夏の夜空に長い長い影が踊りやがった。一つではなく、二つ、三つ、四つと。
「どうにも見覚えがありますわね」
「ここにもあったか」
ツタだ。刺々しいツタが、いくつも地上から生える。しかし、『オルテガ』のそれとは異なり、アグレッシブにこちらだけを攻め立てて来やがるのだよ!
「回避だ、ゼファー!」
『おっけー!』
超特大の鞭のようなものだな。風を打ち抜き破裂させるような音を響かせつつ、高くから打ち下ろされ、あるいは横薙ぎに放たれる。巨大なツタどもの乱撃だ。
むろん。
躱せる。
ゼファーの飛翔ならばね。圧倒的なサイズとスピードとリーチがあるものの、単調な動きだ。間合いを開けば、解決するだろう。しかし、そんなことは選ばない。あえて、このツタの連続攻撃に付き合ってやるのだ。
何故か?
……気配を、にらみつけた。大暴れするツタに紛れて、上空から飛来してきた敵影を!
そう。安全な間合いまで逃げるわけにはいかない。こちらが、誘ってもいたからだ!!
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