第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その95


 鉄靴で伝える!


 ゼファーは翼の打ち方を変えて、空高くへと急上昇してくれるのだよ。飛来する敵影の予測を裏切ってやるのだ。


 この程度ならば、読めるぜ。ツタで露骨なまでに、こちらのルートを制限していたからな。お互いに誘い合っていたことになるが、猟兵にそんな読み合いを仕掛けるのは大きな間違いだというものだぜ。


 『カマキリ』がいた。薔薇のような赤い羽根と、白い身体。頭部はガキのころにつついて遊んだあの昆虫そのもので、巨大な牙の目立つあの顔だ。


 そして。サイズはまるで風車小屋。デカいと、気配も悟りやすい。急上昇したゼファーの目の前は、衝突スレスレでそいつと交差した。『カマキリ』らしく、鎌を振り抜いてくるが、ミアとレイチェルとオレの同時射撃が勢いを削ぐ。


 我々の筋力を十分に込めた、弾丸と戦輪と矢だ。態勢不十分の形で、無理やりに伸ばした攻めを防ぐことは可能だよ。


 それでも、鎌と一体化した腕は何とも頑丈でね。火花が散っていた。半端な鋼よりは硬いのかもしれんな。


 どうあれ。立体的な交差の時間は終わった。



 我々は、上空に。


 『カマキリ/ギルガレア』は地上へと向かうが、薔薇の色の羽が大きく広がり、ブオオオオオオン!という不気味な羽ばたきの音を立てると、素早く身を入れ替えやがったな。竜の飛び方とは異なるが、悪くない切り返しだ。


「追いかけて来るか」


「ツタを頼る気だと思うよ。あいつは、そういう戦い方をする」


「ならば、付き合ってあげる必要もありませんわね」


「その通り!間合いを、作るぞ。遺跡から生えたツタなど、今は無視しろ!」


『おっけー!』


 高く、そして、北に向かって飛ぶのだ。『カマキリ』は追いかけてくるが、ツタの伸びは勢いが明らかに弱まった。無限の長さを有してはいない。かなりの高度まで伸びたが、もはや限界のようだ。


「ツタを無効化したよ」


「それでも、追いかけて来るか。面白い!」


 矢を放つ。


 狙ったのは羽だ。巨体の割りには薄いからな。壊せそうだったのに、鎌と一体化した巨大な腕が伸びて、防いでしまう。


「いい動きですわね。あの腕は、気をつけるべきです。伸ばし切る時は、関節が外れていますね。見た目以上の間合いとなる……瞬間的に、10メートル近くはありますから」


「じゃあ、お兄ちゃん!」


「おう!」


 以心伝心さ。ミアと同時に、それぞれ左右の羽を狙撃する。『カマキリ』の左右の鎌が舞うような軽やかさで弧を描き、ストラウス兄妹の攻めを弾いていた。


 なかなかに、美しさがある動きだったよ。


「楽しい動きです。花にも似た姿と、あの舞踏は合いますわ。あれほど大きくなければ、収集家の心を射止めるかもしれません」


「だが、今のは、武術の動きというよりも……」


「舞いでしたわね。それも、不思議なことに……古くありません。いつか、似た流派のものを見た記憶がありますわ。もちろん、ヒトが舞ったものでしたが……」


「どういうこと?」


「『ギルガレア』という『ゼルアガ』は、そもそも『寄生』しなければ成り立たないのかもしれませんわね」


「『寄生』している、か」


「少なくとも、あの『蟲の教団のギルガレア』に関しては。『聖餐』として捧げられた者が、融けてしまう定めなのかも。死後に、融け合えて、終わらぬ異世界で蟲や薔薇となって生きる。偽りの永遠の極みですが、人によっては、それをも求めるのでしょう」


「難しいよ」


「ええ。だから、無視しなさい。今は、倒すべき敵を、倒すときです」


「うん!トリプル・アタックだ!!」


 迫り来る『カマキリ』目掛けて、猟兵三人がかりの遠距離攻撃さ!!


 オレの矢を、右の鎌が弾き。


 レイチェルの戦輪は、左の鎌が弾いた。


 ミアの弾丸は、『カマキリ』の巨大な頭部に命中する。


「当たった!」


『やったね!』


「『ブランガ』たっぷりだよーん」


「有効そうだな」


「……あら。頭部から、『出て来ます』わ」


 驚いている様子じゃない。レイチェルは、あの『カマキリ』の舞いのような鎌の使い方から、何かを読み解いていたようだ。芸術というものは、芸術家同士に多くを伝え合うのかもしれん。


 がさつなオレでは理解し切れるはずもないが、芸術というものが持つ純度のようなものは、武術の求める動きの合理性と似通っていて……つまり、お互いの動きが、多くを語り合ってしまうんじゃないかね。


「予測していたか」


「いくらかは。直感ですが、当たっていました。やはり、女性」


 『カマキリ』の巨大な額から、その美しい女が生えていた。これもまた、『カマキリ』と薔薇が混じった異形ではあるのだが、顔から胸の周りにかけては、美しい女だったよ。気品があり、知的な気配を帯びている。


 しかし、氷のような冷たさがある無表情でもあった。


 それは知的とも映るが、魂がないようにも感じられる。昆虫的な静寂を、帯びているのさ、あの見知らぬ女はね……。


「ねえ。あの女、誰なんだろう?」


「レイチェルは、ピンと来ているわけだな」


「ええ。あの舞いは、『プレイレス』に伝わる舞いであり、高貴な女性が習う護身術でもある。武と舞は似るもの。本来は、双剣で行うものですが……貴方の医学と呪術にまつわる知識は、彼の地の大学半島で培われたものなのでしょうか、エスリン・リヒトホーフェン!!」




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