第一話 『紺碧の底から来たりて』 その213


 ……焼けながら消えるジュリウスから目を離して、竜太刀を振る。『飛ぶ斬撃』を放ち、『怪物』と戦っているルチアの援護をした。この『怪物』からも、『蛇』があちこちから生えていたが、ジュリウスの『変異』した姿よりは、二回り以上小さい。


『ぎゃふうう……っ!?』


 背中を斬られた『怪物』が叫び声を上げる。衝撃でその身が動きを止めると、ルチアは素早い踏み込みからの斬撃で、『怪物』の首を落とした。倒れて、泡立ち始める『怪物』からルチアは間合いを取る。肩で息をしているが、負傷した様子はない。


「はあ、はあ!しつこい、敵だったわ!」


「そいつも、薬と『寄生虫ギルガレア』の追加をしたらしい」


「『ギルガレア』……罪と罰の獣。その呼び名を、使わないで欲しいわね」


「すまんな。動けるか?」


「……もちろん!」


 汗ばむ顔で眉間を寄せる。かなり疲労しているが、彼女の呼吸が整うのを待っている余裕もこちらにはない。ミアたちが、気になる。


「行きましょう!」


 細いあごをルチアはしゃくり、追いかけようと告げてくれた。うなずき、駆け足だ。ジーの屋敷の通路を駆け抜ける。戦闘の気配は、していなかった。


 急いだおかげで、すぐにその部屋へとたどり着けたよ。泡立ちながら消えていく『怪物』の死体が一つと、無事な四人がそろっていた。


「お兄ちゃん!」


「ミア。仕留めたか」


「うん。でも……こいつは、雑魚だったよ」


「隊長のオーマじゃない、か」


 泡立つ『怪物』の死体は、大した大きさじゃなかった。サイズに比例するとは限らないが、戦ったミアの印象は精確だろう。あれだけの武術家なジュリウスが、弱い隊長を認めるような気はしない。


「ジュリウスの、ハッタリだったのかもしれんな。オーマが来ているなど」


「そうかも。でも、ビビとおっちゃんの護衛は、しっかりと続けないとね」


「ああ」


 ビビアナはオレと視線を合わせると、大きなため息を吐いた。


「まったく……戦闘が終わったと思って安心したら、この騒ぎよ!」


「戦場とは、不安定なものってことだよ」


「勉強になったわ。この、『怪物』どもは……本当に、不気味ね……こいつら、こんな姿になることを、どうして認められるのかしら?」


「戦うことが、好きなのさ」


「そんなので、納得できないわね……」


「女神イースへの、冒涜が過ぎる者たちだ。異教活動の極みだぞ、こんな姿に成り果てるなどと……だが、せめて、祈ってやろう」


 金色猫の仮面をかぶったままのフリジア・ノーベルが、泡立つ死体の前で膝を突いた。祈りのために指が組まれるが……聖なる祈りの句がつぶやかれるよりも先に、死体の形は崩れてしまう。


 がっくりと、肩を落としていたが、聖なる山から来た少女は強い。死者たちのための祈りを口にしていたよ。やさしい僧侶ではある。


「……まったく、たまげたぜ。こいつらは、ボーゾッド狙いだったのか?」


「そうらしいが、お前とビビアナもターゲットには入っていたんだろう」


「……VIPは辛いぜ」


「警備体制は、より充実させなくてはならんな。ジュリウスは……『懲罰部隊』の副官は仕留めたが、まだ隊長のオーマが残っている」


「……狙ってくると?」


「ああ。お前の目撃情報が、『懲罰部隊』には伝わっていたらしい」


「……ホームで動き回ったツケか。まあ、いつまでも死んだフリはしていられんしな」


「やがては、『懲罰部隊』に伝わった。お前が、『寄生虫ギルガレア』―――『寄生虫』と『適合』したということが」


「……興味深い研究対象ってわけかい、オレは」


「狙われるリスクはある。セザル・メロは、『懲罰部隊』に情報を提供していた。メロの研究成果についても、把握済み。お前の生存を知り、『ブランガ』と追加の『寄生虫』を飲んだ。メロの目指した、『女王』になりたがっていた」


「……よく分からねえが、敵の隊長に目を付けられていると?」


「メロのパトロンは、リヒトホーフェンだ。そいつが、『懲罰部隊』も操っている。研究成果の体現のようなお前を、狙ってくるかもしれん」


「……はあ。どいつもこいつも、脇腹から腎臓が逃げ出しちまうようなハメになるモンを、どうして重宝がるのか……」


「難儀なことよね、メダルド・ジー」


「……そうだな。ああ、ビビ。紹介しよう。お前の従姉妹の、ルチア・クローナーだ」


「初めまして、ルチア。私は、ビビアナ・ジーよ」


「……黒髪に、黒い瞳。伯母さんの面影は、あるわね」


「やっぱり、従姉妹だねー。二人で並ぶと、何だか雰囲気がそっくりだよ!」


「そうかしら?」


「そうかしら?」


 同じタイミングだったな。ミアは、満足気になる。


「ほらね!」


 二人の美女は、うなずく他になかった。


「そうみたいね。ルチア、よろしく……って。その、人買いは、廃業したんだけど。仲良くは、なれないかしら?」


「……いいえ。ストラウス卿と、取引している。共闘しなければならいのだから」


「政治的な判断が理由だとしても、率直に嬉しい。それだけは伝えておくわね」


「ええ。私も、同じ。よろしく、ビビ」


 従姉妹たちが、握手をしたよ。


 メダルドは、何とも嬉しそうに笑っていた。


 親族が仲良く過ごすのを見るのは、喜びだろう。オレは……姉貴と甥っ子とは、敵対しているからな。姉貴が、もしも、帝国貴族と結婚していなかったら、もっと仲良くしていたはずなんだが。これも、乱世の定めだ。


 嬉しそうな男の肩を叩く。


「さてと、警戒は続けなければならないが、勝利を祝おうぜ。『ルファード』を、取り戻したぞ」


「……ああ。最高の日だ。多くのものを、オレは、取り戻せているぜ。ありがとう、ソルジェ・ストラウス。お前のおかげだ」


「いいや。我々、全員の結束が成し遂げたものさ」




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