第一話 『紺碧の底から来たりて』 その212
『見なさい!!見なさい!!私の、人生をッッッ!!!この動きを、したかった!!この威力に、到達したかった!!どれだけ、鍛錬しても……届くはずのない、領域にッッッ!!!ヒトなんて、やめてでも、これを、したかったのよおおおおッッッ!!!』
乱打が。
さらに切れを増す。
回避が、間に合わん。竜太刀で受け止め続けるほかに、なくなってしまっていた。
左右の拳と、蹴り、蹴り……膝蹴りか!!
ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッッ!!!
鋼に打ち込まれた膝が、これだけの音を作る?……稀有な体験だ。人生を通して、一度切りかもしれん。
ああ。いかんな。オレも、楽しくなっている。
「ハハハ!!ハハハハハハハハッッッ!!!」
『いい笑顔じゃないの、猟兵いいいいいいいいいいいいいッッッ!!!』
悪癖だが、しょうがない。ストラウスの一族の血に、そう刻まれているのだから。戦いを喜ぶ。そんな生き物でなければ、アーレスとつるむことなど許されるはずもない。
ジュリウスが、躍動する。
その身を、燃やし尽くすように、踊った。
血が、吹いていたぞ。オレのじゃない。ジュリウスの腕からも、脚からも。泡立った肉でふさがったはずの腹の傷からも……血を吹かせながらも、攻めに狂うのだ。そうしなければ、オレを封じ込め続けることは出来ん。
この時間は、一方的に渡されたものではあるが……ジュリウスという男の人生そのものだったぜ。
「良い武術家だった」
『……ええ!!』
だから。こちらも、手を抜かん。前蹴りを、誘い―――バックステップで後ろに跳びながら、左手を竜太刀の柄から放した。直前まで、そうやって隠しておかなければ、この蹴りを誘えなかったからな。
『ハンズ・オブ・バリアント』を、使う。
青い『炎』を帯びた魔の爪が、伸び切り、オレのアタマを打つ軌道にあった蹴りを斬った。ジュリウスは、右の足首を、切断されてしまったわけだ。そうしなければ、こちらが蹴り飛ばされていたところだぜ。
『あははああああッッッ!!!まだまだああああッッッ!!!』
覚悟済みか。
当然ではある。
鋼を持つ相手に、素手の体術で挑むのであれば、リスクは常につきまとう。手や足を、鋼に斬られたら、どうすべきなのか。ジュリウスという武術家の発想は、実に野蛮であった。
構わず、攻める。
斬り落とされたはずの足首など、気にもしないように、蹴りの軌道を変えて、再び打ってくる。斬り落とされた足首の断面で、顔面を蹴られかけるなど、人生で初めてだ。この男以外から、こんな攻めをされることは無いだろう。
蹴りが、続けざまに、二度、三度と放たれるが、いずれも躱してみせたぜ。ジュリウスも、よく体を操ってはいるが……失われた足先は戻らん。リーチが変わる。体の重心がずれる。それだけでも、完璧なまでに精密な体術は、損なわれてしまう。
そして。
限界が、訪れている。
ジュリウスの全身から、血が吹いた。腹が、うごめく。全身から『蛇』が生えてしまっている。それらは、さっきの『蛇』と異なり、ジュリウスの制御下にはないようだ。右に左に、前に後ろに、好き放題に暴れている。
『まったく、邪魔を、してくれる!!でも、これも、代償じゃあるわね!!』
喰われていた。
ジュリウスは、『蛇』に動きも、体そのものも、喰われていく。
矛盾を超越していた達人の体術が、見る間に色褪せていった。
『悲しまないでね、ソルジェ・ストラウス!!これは、戦いなんだから―――』
「―――ああ、容赦など、しない!!」
自在にならない右足を、選ばずに、ジュリウスは左一つで跳ねながら、左の蹴りで、オレを打ち殺そうと狙った。
失われた理想の動きは、やはり戻らず。こちらも戦士の礼儀として、一切の容赦なく回避しながらのカウンターを打ち込んだ!!
ズガシュウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!
胴体を、裂いてやりながら、交差しつつジュリウスの背後へと抜けた。
『ぐ、ふううう!?はあ、ああ、あぐああああああああ!!?』
ジュリウスが倒れ込む。ヤツの裂けた腹から臓腑も出た。血もあふれた。しかし、『蛇』もうじゃうじゃと生えて暴れる。
『ううっ。ま、参ったわねえっ。『適合』しなかったのね……っ。私では、私は……っ。ここまで、だったということか……っ』
邪道に頼った者の罰ではある。
だとしても……。
「十分、楽しませてもらったぞ!!お前は、見事に、お前なりの理想を果たした!!」
『……ええ。ぜーんぶ、出し切ったわよ―――――』
歪んだ顔が、こちらを見ていた。満足そうに。
それでいい。戦士の死に顔というものは、それでいいのだ。
深く。
深く。
竜太刀をジュリウスの身に突き立てて、魔力を放った。『牙』から黄金の劫火が注がれて、『蛇』の群れに身を崩されていくジュリウスの全身を、内側から焼いて壊した。
「つまらん『寄生虫』ごときには、くれてはやらん。お前の命は、このソルジェ・ストラウスの剣が奪ったのだ」
黄金の焔に包まれて、『蛇』も、それを成す『寄生虫ギルガレア』も、ジュリウスの全ても、またたく間に崩れていく。泡立ち融けるというみじめな末路ではない。ガルーナの偉大なる竜、アーレスの焔で終わるのだ。
この金色に踊る火こそ、戦士の葬送に相応しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます