第一話 『紺碧の底から来たりて』 その211


 腎臓だか、あるいは別の臓器かもしれないが。そいつが化けた『蛇』が、オレのアタマを狙う。槍のような速さだが、技巧が足りん。


 回転する。


 ジュリウスの右の拳を壊しながら、ヤツの懐に入った。『蛇』が突いたのはオレの影に過ぎんよ。なかなかの曲芸じゃあるが……『内臓』で攻めるというリスクもあるぜ。殺傷力もあるほどの突きだ。その反動で、わずかに動きが殺される。


 猟兵相手には、何とも致命的な遅れだと言わざるを得ない。


 ドーピング漬けに堕ちたとしても武術の達人。ジュリウスは、自らの状況を把握して、無様なまでの全力を使い、背後へと飛んだ。沼地のエビみたいに、素早く臆病な動きではあったよ。だが、それで正しい。


『あはっ!!危うく、殺されかけちゃったわ!!』


 そう。殺せる間合いだった。後ろに逃げる以外のあらゆる行動を取れば、殺せていたんだが。武術はこの男を助けたぞ。『蛇』と、胸を裂かれる程度に済んだ。普通の肉体ならば、それだけで致命傷にはならずとも、戦闘能力は消え失せるが……。


 薬物と『寄生虫ギルガレア』のおかげで、ジュリウスはまだまだ動ける。裂けた腹の穴が、泡立つように膨らむ肉に、覆い隠され修復された。


 ……歪み切り、何が何だか分からないようなブサイク面だが、それでも笑っていると伝わりやがる。楽しんでいるらしいぜ。オレの強さと、自分の頑強さを。


『まだまだ、楽しみましょうよおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 左右の腕を、天と地に。大きく広げた構えで走る。鋼並みの爪が生えて、巨大化しているとは言え、竜太刀を持ったオレ相手に体術で正面から挑む。新鮮な体験ではあった。


『ひゅううううううう!!ひゃふううううううううううううッッッ!!!』


 独特の呼吸が、ジュリウスの体術にリズムを与える。さっきまでの力押しよりも、速度もない、力も奔っちゃいない。それだけに、上手く肉体を制御し切っている。


 何も。


 全力ばかりを出すことが、威力を組み上げるとは限らない。


 大振りは魅力的ではあるが、どうしても単調になる。それは、武術ではない。競うという領域においては、あまりにも劣った選択肢だ。力と速さと技巧、そういったものが調和していなければ、達人に対しての一対一という特異な状況では当たるはずもない。


 いい攻めとなっている。


 ジュリウスの爪の連撃が、右に左に動いて躱し、竜太刀で受け止めて防ぐオレを、防戦一方に押し込みやがったよ。


『いいリズムで、動けているわよおおおお!!それでも、大岩でも殴っているかのようにビクともしないなんて!!動いているのに、重い!?達人って、素晴らしいわね!!矛盾を体現してしまう……最高!!ハイに、なっちゃいそうだわ!!』


 体術が、連携する。


 前蹴りに……巨体を側転させながら、こちらの頭上に蹴りを落としやがった。ヤツの言葉は、すぐヤツ自身に適応されている。達人は、矛盾を体現してしまうものだ。あれだけの巨体で、体重で、無様なまでに歪んで膨張している『怪物』の身で、これほど柔軟で速い蹴りを放つのだから。


 躱せない蹴りだったんでね。竜太刀で受ける。その瞬間に、とんでもない重さを与えられた。こちらの重心に伝わり響き、動きの始まりを崩される。おかげで、反撃の機会を潰されていた。


『見事でしょう!!褒めなさいよ、私を!!私の、人生を!!この体術を極めるために、生きたのよおおおおおおおおお!!』


 守勢に追い込まれてしまう。


 爪と前蹴り、拳と裏拳。回避に徹するオレを、ジュリウスの攻めが飢えた野犬のように追いかけ回してくる。隙が、あまりない。無理やりに、ジュリウスは動いている。変幻自在、トリッキーさに過ぎる動きだ。ヒトの体重や力であれば、殺傷力は出せない。


 それでも、『寄生虫』と薬に強化された、この姿かたちであるのならば、十分な威力を帯びれた。岩をも吹き飛ばす力は、戦いに必要とは限らない。鎧をえぐり、肉を裂き、骨を砕ける程度の力があれば、ヒトは殺せるのだから。


 ステップワークに追い込まれる。


 回避、回避、また回避……。


 体力を使う動きだったよ。オレもだが、ジュリウスもな。


『ふう、ひゅう!!ふう、ひゅううううう!!』


 呼吸が、さらに強くなった。運動力が、多すぎるからだ。あの巨体で、動き続けるのは疲弊を早める。


 こちらだってね、避けながらも、防戦一辺倒でもないんだよ。


 動きを、徐々に速め、ジュリウスをより動かすように誘ってもいる。空振りする打撃は、疲れてしまうものだぜ。


 それでも、動き続けられる限りは、貴様は優勢ぶれる。見事なものではあるぜ。『寄生虫』と薬に頼り、その肉体へと至ることで……『体術だけで戦場で有効な力』という、どうにもムチャクチャな強さを体現させている。


 なるほど。


 これを実現させたかったようだな。


「この動きを、するために……この強さに、なるために。貴様は、全てを捧げたか」


『そうよおおお!!やっぱり、分かってくれたわねえ!!ああ!!楽しい!!嬉しい!!私の覚悟を、私の武術を、私の人生の集大成を、やっぱり、理解してくれたのね、ソルジェ・ストラウスッッッ!!!』


 ジュリウスには、一種の劣等感があったのかもしれん。体術だけでは、やはり戦場では弱いものだ。それを、補うために……自分を捨てた。自分を捨ててまで、自分が通したい力を作り上げたんだよ。


 聞くに堪えない戯言の一つ……『戦場でも使える、体術』。


 『怪物』となり、その身を自らの体術の技巧によって制御し尽くしている今のジュリウスならば、そのありえない矛盾を、高度に体現している。


「幸せそうじゃないか!!」


『ええ、もちろんよ!!こんな敵と、戦えて!!貴方も、嬉しいでしょう!!』


「そう、かもな!!」


 どうせ、オレも笑顔になってしまっている。戦士というのは、単純なものだからな。強い敵と殺し合う。そんな行いに、快楽を覚えてしまう、愛らしい獣だ。




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