第一話 『紺碧の底から来たりて』 その210

 

 ドーピングだろうが、卑怯な作戦だろうが。戦場では全て当たり前の行いである。一対一などを好むことは、間の抜けたハナシじゃあるんだがね。


 それでも。


 膨れ上がる筋肉に、血走り浮かぶ血管、どす黒く変色する体表の色、刺々しく肉の奥から生えそろう角と……より強化された『怪物』にまでなられるとな。


 裂けた口が、大きく笑いやがる。


『ここまで!!私は、捧げているのよ!!ソルジェ・ストラウス、貴方にねえ!!』


 健気なもんだぜ。そこまでヒトを捨て去ってでも、力を証明したがるとは。


「あらゆる力の強化には、代償が付きものだが……」


『壊れちゃうでしょうねえ!!内臓も、腕も、脚も!!ヒトの姿にだって、戻れるかは分からない!!今の瓶の一つには、『女王』もいたのだから!!』


「『女王』……そいつは、『適合』しなければ、『奴隷』となる」


『詳しいわねえ!!セザル・メロは、やっぱりおしゃべりなヤツだったのね!!』


「『適合』を果たすのは、非現実的だとメロ自身も言っていた」


『でも、メダルド・ジーは、生き残っている!!目撃情報はあったけど、実際にこの目でも見た!!信じられないけれど、『適応』を果たす力はあった!!それを、私は、試して見せているのよ!!貴方に、捧げるために!!』


「……『ブランガ』の毒も、飲みやがったというのか?」


『そうよ!!試してみるの!!『寄生虫』ごときに、負けはしないわよ!!全ての力に、『適応』して、私が『女王』そのものになる!!』


「力のために?」


『強くなりたいのよねえ!!そのためになら、何だってやれる!!分かるでしょう?ソルジェ・ストラウス!!世界で一番強いかもしれない貴方なら、私をここまでさせる感情が!!力を、極めたいのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


「こいつ……狂っているわ」


「お兄ちゃん、連携しよう」


『させないわ!!だって、メダルド・ジーを狙っているのは、私だけじゃないんだもの!!』


「……っ!!オーマか!?」


『来ている、かもねえ!!私よりも狡猾な、オーマ隊長が!!』


「くそ!!ミア、フリジア!!二人のところに急げ!!」


「ラジャー!!」


「わ、私は、『アルティミス仮面』であるがっ!!任せろ!!」


「それじゃあ、ソルジェ・ストラウスの援護は、私が……って!?」


『ぐあああうううううう!!』


 『怪物』がもう一人、現れたか。ルチアを狙い、接近してくる。矢を即座に射られ、右ひざを射抜かれてその場で崩れ落ちるが……。


『そいつも、覚悟済みよ!!お薬のおかわりキメて、強化されている!!二対二ねえ、つまり、一対一に、ようやくなれそうだわ!!』


「そうまでして、オレと競いたいか」


『ええ!!勝利じゃない、そんな結果なんて、くだらないものは、要らない!!力を、競り合わせたいのよ!!私は、そういうのが、とても、大好きなの!!世界最強、決定戦を楽しみましょうよ、ソルジェ・ストラウスうううううううううッッッ!!!』


「しょうがないから、付き合ってやる。ルチア!!自分の身は守れるな!!」


「私を、誰だと思っているのかしら?この程度の雑魚、私だけでやれるわよ!!」


 余計な心配をしてしまったか。しかられながらも、ジュリウスをにらむ。両手持ちを選んだ。


『ああ!そうこなくちゃねえ……っ!!最高に、興奮しちゃうわ!!よりバケモノと融け合いながら、貴方と競って殺し合うなんてねえ!!』


「しゃべってないで、かかって来るがいい。長くは、もたんだろう」


 太く浮き上がった血管どもは、あちこちで血を垂れ流し始めていた。『適合』に至るよりも先に、ただのバケモノに『変異』してしまいそうだな。


 それでは。


 哀れだろう。


 良く鍛錬された戦士ではあった。強さのためになら、どこまでも身を捧げられる男であり、それをオレにぶつけてくれるわけか。迷惑ではあるが、名誉でもある。


「貴様が動けるうちに、試すがいい!!」


『ええ!!無償の罪を選んで、この力の境地に達したの!!ぶつけてあげるわ!!楽しんでね、貴方もッッッ!!!』


 ジュリウスが加速する。さらに、動きは雑となった。技巧が削げ落ちてしまってはいるが、速さと大きさだけで、十二分な脅威となる。さっきよりも、さらにそれらの要素は大きく強化されていたから。


 醜い形となった拳を、振り回す。恐ろしく速い動きでな。回避など、しない。両手持ちの竜太刀による、フルスイングを撃つ!!


 ガギャギギキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!


 ヤツの右腕とこちらの斬撃が衝突した!!


 火花が散り、血が爆ぜる。ジュリウスの指が『変異』したサーベルのような爪がいくつか断ち斬られて、拳の深みにある骨格まで、深々と鋼が達する!!


『あは!!なんて、馬鹿力!?威力で、押し切れないとか……っ!!』


「技巧の問題だ。貴様が、その身になり、巡らせ切れなくなった技巧の隙を、突いてやっているだけに過ぎん。力ではないぞ」


 刃を通じて、ジュリウスの骨格全体に力を加えている。肘も肩も、背骨も、ヤツの全身にある関節に、ねじるような力がのしかかり、動きを止めているのだ。だから、巨体も筋力も、使い切れずに止められている。こいつは純粋な力勝負ではない、技巧の差なんだぜ。


『ええ、ええ!知っている。知っているわ、力勝負じゃ、私の方が、強いものねえ!!だから、貴方は、それをしない!!狡いだなんて、言わないわ!!だって、私は、もっと、狡く戦うんだから!!』


 ジュリウスの腹が裂ける……『蛇』とでも呼ぶべき、例のアレが出やがった。オレのアタマを目掛けて、飛び掛かる。厄介なことだが、狡いとは呼ばん。戦場は、何でもありだ。『内臓』で攻撃するなんていう非常識なことも、選択の一つに過ぎんよ。

 



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