第一話 『紺碧の底から来たりて』 その209
速くなった。大きくなった。ヒトにも近しい形状になった。そして、雑になってもいる。
巨大な拳の乱打だ。竜太刀を持った者に対しても、リーチでは負けていないかもしれん。長い腕に、鋭い爪が生えて、それが群れでも形成したサーベルのように、ギラギラと輝きながら襲い掛かる。
回避する。
一歩下がり、二歩下がり、三歩目は、大振りの左の強打に合わせて、背後を奪った。
『な!?』
影に入り込む動き。シアンが好む技巧の一つで、ミアもマネするのが好きだ。もちろん、オレもやれるぞ。これでシアンに殺されかけたことが何度あるか。
『……っ』
そう。
首根っこにザワザワとした感触があるはずだぞ。シアンにやられたときには、オレもそうなるものだ。ほんとうに深刻な殺気を浴びせられたときは、武術の鍛錬をし続けた者は、それを感じ取れるようになる。
今のお前のようにだ。
ジュリウスは……戦士が追い詰められたときの反応を『強いられる』。あいつの望みではあるが、そう反応させているのは、あくまでもこちらだ。
当たり前の反応をするぞ。背中に回り込んだ死の影を、遠ざけるような大振りで打ち払おうと試みる。
まあ、猟兵に知られていた行動が、通じるはずもないわけだよ。ジュリウスの攻撃は空振りする。ヤツにも、意外だったらしい。身を固めている。
勘違いしてくれていたんだよ。オレが、わざわざ、ジュリウスごときのために、一対一で構ってやるなどと。なんて、調子に乗った男なのだろうか。
オレは、いない。
ジュリウスの長大化したリーチのなかには、いなかったぜ。すべきことがある。ジュリウスごときと戦うなどと、くだらない行為に集中している時間はないんだよ。ああ、どうして、驚いているのかな?……名前も知らない『懲罰部隊』の男よ。
誰だか知らん。
興味もない。
しかし、貴様が追い込んでいる金色猫の仮面はね、オレの『仲間』なんだよ。
『どうし―――――』
ズガシュウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!
アーレスの『牙』が生えた竜太刀の一振りに、その敵は真っ二つに裂かれてしまいながら、血と臓腑を飛び散らせていく。即死させられた。それで、十分だったな。
「ソルジェ・ストラウス、助けてくれたのか?」
「当たり前だ。あの二人は?」
「どうにか、匿えている。済まない。私がしっかりしていれば、こうは……」
「構わん。間に合うまで、粘ってくれた」
「う、うむ。すまん……っ」
疲れ切っているからな。あちこち、ケガしている。よくやってくれた。さてと、続きをしようじゃないかね。
振り返る。
ジュリウスが喜んでいやがった。
『今度こそ、私と、本気で遊んでくれるのかしらねえ!!ソルジェ・ストラウス!!』
「オレだけに執着するなど、腕が落ちたのか?」
ミアが、ヤツの右に回り込んでいる。ピュア・ミスリル・クローをきらめかせながらな。恐ろしいまでの殺気を、ジュリウスにぶつけ、身構えることを『誘う』。次の瞬間、ジュリウスは危うく側頭部を矢で射抜かれかけていた。
あわてて左腕を振り抜くことで、どうにかルチア・クローナーの放った矢を防ぐ。
「くそ!?反応したのか!?」
『ちっ。危うく、女なんかの攻撃で傷つけられちゃうところだったじゃないの』
「な、何か、コイツ、気持ち悪いわね!?」
『そうよ。気持ち悪くなってでも、どんなに醜くなったとしても、力を求める。女には、こういう真似はやれないんじゃないかしらねえ?』
「興味も、ないわね。バケモノになる?……薬だとか、『寄生虫』だとかに、体を奪わせて?……それが、本当の自分の力だとは思えない」
その言葉は、ジュリウスにも突き刺さったらしい。殴られたときのように、わずかに身を揺らす。巨体化し過ぎて、感情を隠すことがやれないほどに、筋肉の動きが雑となっているわけかもしれない。弱いわけだ。
『いいえ。自分を、超えるためには、自分を、捨て去ることだって必要なのよ。自分の才能よりも、自分の限界よりも、多くの力を獲得するためには、どんなことだって、しなくちゃならない』
「そう、かしらね。あなたは、それに納得しているの?私には、絶対に、無理だわ」
『覚悟が、足りないのよ。女』
「どうかしら。今のあなたは、どれぐらいの分量で、あなた自身なのか……」
『100パーセントで、私そのものよ!!ソルジェ・ストラウス、戦いなさい!!部下じゃなく、貴方自身の手で、殺しなさいな!!勝てるつもりなんでしょう!?ここまでして、力を求めた私に!!』
「当たり前だ」
「でも、お兄ちゃんが一対一でアンタと戦ってやる理由もないよ」
「そうね。私たち全員で、秒殺してやればいいだけなんだから」
「仕掛けて来たのは、そちらで、ここは戦場だ。道場のお遊びのような一対一など、期待するのは愚かなことだぞ」
『……っ!!そう、だとしても!!きっと、貴方は応えてくれるでしょう!!私の人生が、培った武に!!』
ヤツが、また紺碧の色をした薬瓶を取り出し、口のなかに放り込んだ。二個、三個。ガラスを噛んで、呑み込む音が響く。
「それを、武と呼ぶセンスは、気に入ってやるよ」
『ええ!!なんだって、しなくちゃね!!戦いなんだからああああ!!!』
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