第一話 『紺碧の底から来たりて』 その208
戦いの気配を追い、廊下へと飛び出す。死体が、転がっていた。いかにも悪人面した男でね。所属は、一目瞭然だ。その半身は、まだ『怪物』の歪んだ姿を残していたからな。
「『懲罰部隊』か!!」
……ボーゾッドを奪い返しに来た、とは考えにくい。撤退する帝国軍を見てからの行動だ。戦況の不利を理解している。ジーの屋敷が反乱の拠点となっていることを悟ったことで、ボーゾッドが捕らえられていると判断したのなら、『寄生虫ギルガレア』を含めて、始末したいと願ったのかもしれん。
撤退が始まる最中、ボーゾッドを奪って逃げることは困難だ。そもそも、ボーゾッドの命を最優先に考えるのならば、人質に取らせることを選ぶ。帝国貴族なのだから、生きていれば、こちらにも利用価値はあるのだからな。
処分したい。
自分につながる情報を、吐かせないためか……エールマン・リヒトホーフェンよ。必死に隠そうとしなければならんような、おぞましい所業をすべきではないぜ。貴族らしい気高さというものを、貴様からまた一つ感じられなくなった。
死体のそばを通り抜けて、戦いの音に近づく。
ミアは廊下を駆け抜け、玄関ホールを選んだようだ。廊下での戦闘が不利だと感じたのだろう。雑魚だけじゃ、ない。雑魚だけならば、ミアはもうとっくに片づけてしまっている。
どちらかが、来ていやがるわけだ。オーマか、ジュリウスか。『懲罰部隊』のトップクラスの戦力が……部下どもと一緒に、この勝利のタイミングで警戒が緩んでいた瞬間を狙ったと。
なかなか。
良い判断をしてくれたものだ。良い戦術であるが、それだけに焦らせてもくれる。メダルドとビビアナに傷でも負わせていたら―――まして、殺していれば……貴様らには残酷な痛みで報いを与えてやるぞ。
『風隠れ/インビジブル』を使い、足音と体重を軽減しながら加速し、跳躍する。玄関前の階段ホールの宙へと舞った。そのまま、ホールの床に着地する。暗殺者のような無音の着地だ。醜い『怪物』となった者の、デコボコとした背中が見える。
ああ。
リアクションはしなくていいぞ。そんなことを確認してやる時間がないんだ。さっさと、死んでくれれば問題がない。
焦る心が、アーレスを呼んでいたか。『牙』が竜太刀から生えて並び、威力を増した一刀を使って、『怪物』を粉砕しながら裂いて即死させる。
「お兄ちゃん!」
「そ、ソルジェ・ストラウスか!?」
『怪物』たちと戦う少女たちが、オレを見る。ミアは余裕があるが、金色猫の仮面『アルティミス』は苦戦していた。戦闘の技巧で負けているわけではなく、この戦況に呑まれているようだ。オレ以上に、焦っている。
その背中に、廊下を庇っているのが分かった。体躯で圧倒的に不利であったとしても、己が身を盾にすることで敵の侵入を防いでくれている。つまり、あの廊下の先に、ビビアナとメダルドがいるということだろうさ。
いい働きだ。
おかげで、オレが間に合った。
『……あらあら。来ちゃったのねえ、ソルジェ・ストラウス』
醜く歪んだ『怪物』の一人が、ミアと戦っていた『怪物』が、聞き覚えのある耳に粘りつくようなオカマ口調でオレの名前を呼びやがる。
「困っている風には、聞こえんぞ。会いたかったらしいな」
『あらあら。自意識過剰の男って、タイプじゃあるわよ!』
「ジュリウス……ボーゾッドを殺しに来たか」
『そうね。でも、とっくの昔に、死んじゃっていたんですってね。始末する手間が省けたわ』
「それでも、退却せずに、何をしているんだ?」
『知りたいことが、いくつかある。メダルド・ジーが、まだ生きている。それはね、こちらにとっては大きな収穫というか……欲しかった答えかもしれないのよねえ』
「詳しく話す気があるのならば、聞いてやるぞ」
『あはは!そんなの、当然……話すはずが、ないでしょうに?』
「だろうな。来いよ。殺し損ねた昨日の続きを、してやるぞ」
『……本当に、自意識過剰で、自信過剰で……』
醜い『怪物』が、その大きく裂けた口の、紺碧の色に輝く薬瓶を放り込む。ガラスごと、噛み砕く音が聞こえたな。その破片を呑み込む、喉の狭苦しそうな音も。
『……はあ、はあ。フフフ。本当に、私のタイプなのよね、ソルジェ・ストラウスうううううううううううううううッッッ!!!』
「お、おい!?何だ、コイツっ!?」
「体が、大きくなってるよ?」
膨らんでいやがる。ボーゾッドと同じ?……いや、あの暴走よりは、マシに見える。醜く歪みながら巨大化してはいるが、昨日より均整が取れた形にも感じられた。
『はあ、はあ!これ、いいわね!!力が、より安定している!!セザル・メロ先生も、良い遺作をくれたわねえ!!』
「な、なに!?メロの、新しい薬が、あったと言うのか……っ!?」
『そうよ、『カール・メアー』の僧兵。リヒトホーフェン伯爵を付け回して、『ギルガレア』という異教の力を封じたかったのかもしれないけれど。まだまだ、あるのよ!!あんたや、ソルジェ・ストラウスが破壊し尽くせなかった薬も、『ギルガレア』も、まだまだ、あるんだから!!』
「そうか。ありがたいな」
『はあ?』
「よく来てくれた。おかげで、今から、その一つを始末できる」
『……そういう、過信も、嫌いじゃないけれど……見下すような目は、嫌いよ。私を、見なさいな、ソルジェ・ストラウス!!この力にあふれた巨体となった私を!!別の者を、見ることは許さないわよおおおおおおおッッッ!!!』
見ているさ。
リヒトホーフェンというクソ野郎の破壊し尽くすべき野心と……善良なるボブ・カートマンの死に姿を。重要なことだ。目の前に迫っているジュリウスごときよりも。
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