第一話 『紺碧の底から来たりて』 その207


 逃げ去る帝国兵どもを追いかけるように、東へと飛んだ。敵の主戦力をおびき寄せてくれていた『風の旅団』の弓兵たちは、隊列を組みながら逃げる帝国兵どもに、背後から矢を放つことはしていなかったぜ。


「ストラウス卿!!それに、ルチア!!オレたちは、やったぜ!!大勝利だ!!」


「深追いは、しちゃいねえぜ?……まあ、少しは、意地の悪い脅しも撃ったが、本気で背後を狙っちゃいない」


「まだまだ、余力があるほどだ!!」


 若いエルフの青年たちは、成し遂げた行為に喜んでいた。抑制も、しっかりと利いているのが素晴らしい。ルチア・クローナーの統率力は、かなりのものということだ。こちらの戦術のデザイン通りに、若い男たちを従わせてみせる、なかなか難易度があることだぜ。


「ストラウス卿が、命令してくれるなら、今からでも全員で追いかけられそうね」


「誘ったところで、ムダだ。体力を温存させる。休息時間が、こちらには必要でもある」


「重々、承知してはいる。とはいえ、逃げる敵の背中は、魅力的じゃあるわ」


「この炎天下で、武装したままの逃亡だ。体力は、すぐに干からびる」


「『オルテガ』から差し向けられる敵軍に、即座に編入されることはない?」


「してくれたなら、ありがたいほどだがな。超距離の行軍に、戦闘……君らの脚でも、疲労がたまっているだろう」


「……ベテランは、さすがね。人間族の男なのに、エルフの脚の疲れさえも理解している」


 想像以上の速さだった。『風の旅団』は、森を駆け抜け、この『ルファード』まで一気に駆け抜けたあげく、早朝からの戦闘をしている。


「体力の消耗だけならば、君らの方が敵よりも深刻なはずだぞ。移動させるという行いも、武器として使える」


「骨身に染みる教訓ね。今から、敵どもを襲っても……」


「勝つだろう。大勢を死なせて。そして、次の戦いに負けるリスクが増える」


「今度は、『ルファード』を守る戦いをしなくちゃならないものね。長老たちの増援が、そのときまでには到着するはずだけど……とにかく、今は!」


「ああ。『風の旅団』の戦士たちよ!!いい働きをしてくれたな!!君らの勇敢な戦いはいつまでもこの土地で語り継がれる歌になる!!見事だった!!しっかりと体を休ませ、次の戦いに備えてくれ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「次の戦にも、勝つぜえええええええええええええ!!」


「『オルテガ』も、この勢いで帝国軍を追い出してやるぞおおおおおお!!!」


 歓喜にまで水を差す気にはならん。勝利の喜びに浸るのも、戦い抜いた者の特権なのだからな。


 勝利した戦場で、戦友たちと肩を組み、喉を震わせながら歌う。良い朝だ。見ていると、混ざりたくなり―――!?


 爆音が。


 響いていた。


 遠い爆音であるが、エルフの聴覚は逃さない。オレの耳にも聞こえるのだから。音に導かれて、視線が動く。帝国兵ども……ではない。逃げ去るその連中とは、真逆の方角から爆音が響いたのだ。


 しかも、この音は……。


「猟兵が使う、火薬の爆発音だ。ミアが、まだ戦っているのか!?」


『……っ!?なにと、たたかっているの!?』


「残党かしら。ソルジェ・ストラウス!!」


「ああ!!ゼファー、行くぞ!!」


『うん!!』


 素早く旋回し、爆音の響いた場所へとゼファーは鼻を向ける。煙が立ち上っていたぞ。その屋敷から。


「あそこは?」


「メダルドの、ジーの一族の屋敷だ!!」


「……っ。従姉妹がいるところね。メダルド・ジーも……敵が、人買いに復讐したがっているのは、おかしい気がするけど?」


「狙っているのは、メダルドでもビビアナでも、無かったのかもしれん」


「ほかに、重要な人物があそこにいるのかしら?」


「いないな。今は、もう、いない。バケモノへと『変異』して、オレと戦い、泡になって消えてしまったからな」


「消えて、しまうって……誰よ、そいつは?」


「ボーゾッドだ」


「帝国の、伯爵か。この街の、昨日の昼までの支配者ね……救助しに、帝国兵が襲撃したのかしら?」


「あるいは、始末するためにかもしれんな」


「始末……?」


「君も体験しただろう。権力の移行というものは、ろくでもない内部対立や衝突をもたらすキッカケになるんだよ」


「あちらも、同じことが?」


「それを、確かめるとしよう!!援護を頼むぞ!!」


「ええ。弓だけじゃなく、剣もやれるというところを、見せてあげる!!」


『とーちゃくだよ!!』


 ジーの屋敷の屋上近くに、ゼファーは到達した。羽ばたきで浮上してくれる。煙が立ち上るのは、二階の窓の一つからだったな。戦闘の音と、強い魔力が屋敷のなかから響いていた。


 当然ながら、現場に急行するに決まっている。お兄ちゃんだからな。


「無理なら、屋上からでも入ってくれ!!」


「え?ちょ、まさか!?」


『ごー!『どーじぇ』!』


 ゼファーの背を蹴り、宙へと飛び出す。爆弾の衝撃で割れたと思しき窓の一つに、頭からダイブしていた。一部が焦げて、一部には火がついている絨毯の上で、前転しながら衝撃を抑えた。すぐに立ち上がり、戦いの音を追いかける。


 背後に、ルチア・クローナーの文句を浴びながらな。


「も、もう。ムチャクチャな動きをするんだから!援護する方の身にも、なって欲しいところなんだけど!」


 それでも、迷いなくついて来てくれるところが、君の強さの一つだぜ。迷わぬ意志が、行動力を洗練してくれるものだ。




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