第一話 『紺碧の底から来たりて』 その206


 ギムリは倉庫の壁をよじ登り、孤立した50人の帝国兵どもを見下ろす。気分爽快といったような顔だ。何とも、戦場で勝利を獲たときの若者らしい表情と言える。


 慎重な戦い方をする男だが、やや感情的なところもあるのが弱点でもあり、より多くの可能性が生えて来そうな潜在性を感じさせてくれた。成功と失敗を与えてやれば、器用な振る舞いを覚えてくれそうだってことだよ。


「帝国兵どもよ!よく聞きやがれ!!貴様らは、オレたちに負けたんだ!!周囲を取り囲まれ、ストラウス卿の命令があれば、即座に全滅ってわけだぜ!!」


 大げさな身振り手振りは演技がかっているし、おそらく彼なりの演出だった。どうにか、自分と相手に状況を伝えたいという焦りがあるんだろう。雇用主と先輩に対して、良いところを見せたい若者という感じだな。


 羽ばたきながら空中にいるゼファーに、飛びつきよじ登って来た乙女からすれば、ギムリの態度に既視感を覚えるようだった。ため息が、オレの赤毛を揺らしていたよ。


「あいつ、長老たちに媚びる青年団長みたいね」


「必死なんだよ。上司からすれば、可愛い態度なんだぜ」


「男は、従順な者が好きなんだ」


「そうとも限らんが、ギムリは良い若者だと感じる。仕事に対しての熱意にあふれているだろう」


「英雄さんに褒めてもらいたいのかしらね」


「いいや。認めてもらいたいんだろう」


「なるほど。私たち以上に、何かになりたがっているみたいね、巨人族たちは」


 盗賊という生き方は、虚無なものだ。しょせんは犯罪者である。しかし、ギムリたちはオレに雇われることで、本物の傭兵となった。暴力を使うことで利益を得るのは今までと変わらないが、これからは真の戦士として生きなければならない。


「自分の生き方を、あの青年は模索しているんだよ。役目を得た。それに相応しい者になろうと、もがいている」


「部下をそうやって鍛えるのね。貴方は、意外とスパルタかも」


「ちゃんと、買っているのさ。ギムリの才能と覚悟をね。君も、ジョナサンに仕事を任せたいときはないか?」


「そういう感情なの?……だとすると、少しは分かるかもしれない。与えた課題を、クリアしてくれることへの期待は、リーダーとしては嬉しいものだわ」


 ギムリは演技かかった威嚇の言葉をしていた。早朝の戦いを終えたばかりで、汗もかいていたからだろう。熱弁を振るう若き革命家のように見えた。少しばかりやり過ぎというか、狂気を帯びてもいるせいで、帝国兵どもには話した内容は正確には通じない。


 それでも、問題はなかった。


 倉庫の屋根にいる若い巨人族が、強い意志を持っていることさえ帝国兵どもが感じられたら十分なんだよ。帝国兵どもが、ギムリを『怖い』と認識すれば、この交渉は上手く行くからだ。


「―――というわけだ!!オレたちが、どれだけ狂暴で、どれだけ容赦をしないのかが分かっただろう!!今すぐに、武装を解除しやがれ!!そう、あれだ、そう!!十秒以内に武器を地面に捨てて、両手を頭の後ろで組みやがれ!!オレの親族を買いやがった人間族は、そうやって『管理』していた!!意趣返しだ!!ざまあみろ!!ほら、やらなければ殺すぞッッッ!!!」


 倉庫の屋根の端を、血走った目で汗をかく若い巨人族の蹴りが崩してしまった。屋根から落ちる日干し煉瓦の欠片が地面に当たって、大きな音を立てる。帝国兵どもは、ギムリの怪力と粗暴な態度に、従うことを選んだ。


 たった一人が、手から鋼を離すと、あっという間に武装解除が進む。抗戦で生き延びる可能性を模索することを、連中は捨てたのだ。捕虜となることで、死に抗う。それも、戦場での選択の一つだった。


 我々からしても、メリットはある。


「いい労働力を確保しましたな。城塞の補修に動員すれば、体力を消耗させられて、反乱予防と防御陣地の構築が同時に達成されます」


「いい考えだ。おい!ギムリ!」


 汗ばむ笑顔が、こちらを向いた。


「良い仕事をしてくれた!!お前は、期待に応えてくれたぞ!!」


「うっす!!」


「次のオーダーだ!!この捕虜どもを、上手く使いこなして、限界まで働からせろ!!詳細は、ガンダラが伝えてくれる!!」


「イエス・サー・ストラウス!!ガンダラ先輩に、指示を仰ぐ!!次も、完璧な仕事をしてみせるぜ!!」


「期待しているぞ」


「さて。船でも運ばせますかな」


「船を、運ぶ?」


「そうですよ。重量物ですから、防御陣地にも転用できるでしょう。兵士がこれだけいるなら、死ぬ気で引きずることもやれますよ」


 なかなか過酷な労働を思いついてくれるものだ。港にある船を、人力で押して運ぶなんてな。城塞の強化用の遮蔽物に、船を使う。オレでは、思いつかなかった発想をしてくれる。


「……なかなかの副官さんよね」


「自慢の副官だよ。賢くて、クール。アホな野蛮人のオレを、いつでも助けてくれている」


「じゃあ。こっちは任せておいても大丈夫そうね」


「用があるからオレの背に張り付いているんだな」


「もちろん。『風の旅団』の様子を、確認したいわ。上手く動いてくれているでしょうけれど……暴走しがちなのよね、男どもは」


「女性から見れば、アホで下品な生き物さ。さて、様子を見に行くとしよう」


『うん!こんどは、ひがしだね!』




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