第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その1
第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』
『ルファード』の街は歓喜に包まれていた。帝国軍の勝利を皆が祝う。笑い、抱き合い、歌って踊る。弾む音に満ちた街並みが、夏の暑さを跳ね返すように空へと放たれるんだよ。
故郷を取り戻した者たちの姿を見ると、心が満たされる。うらやましいとも思うが、この勝利を共に成し遂げたことを誇りに思えた。
戦友となった者たちに、労いの言葉をかけて回りながら、街中の視察を行う。指示しなければならんことも、各所にあふれていたからな。権力の移行は、難しいんだよ。敵から奪ったオレたちも例外にはならない。
捕虜とした帝国兵どもを使い、炎天下の強制労働で城塞を補強し直す。騎兵の突撃を防ぐための塹壕を掘らし、食糧の備蓄を確認し、鍛冶屋を集めて矢の大量発注と……帝国軍の武器庫からの徹底的な徴収、指揮系統を統一するために新市長を立てもした。
「……と、いうわけで。選挙をする時間も、今は足りないということだ。オレよりも、適任者がいるのでないかと思うが……ストラウス卿の推薦により、この戦時下での臨時市長として、このメダルド・ジーが、『ルファード』市長を務めさせてもらうことになった」
市民たちに、メダルド市長は受け入れられていたな。商人が強い力を持つ街で、古くからの商人である。顔は誰よりも広い。
『寄生虫ギルガレア』が体内にいることで、自分の健康を疑問視してもいるメダルドは、この要請を断りたがっていたが、『毒蛇』を自称するような長老に、この炎天下の真夏で市長職をさせるのは酷なハナシだろう。
オレとしても、楽なんだよ。コミュニケーションがとっくの昔に取れている男が市長になってくれるのであれば、軍事的・政治的、どちらの面からの連携も取りやすいのだから。
それに。
メダルドには良い後継者がいるし、人買いを廃業したジーの一族は、他の商人たちよりも実務面で余裕もあるだろう。
まあ、そんなことを言えば……死ぬほど忙しそうに手紙を書きまくっているビビアナが激怒しそうだから、口に出すことは絶対にしないがね。
「忙しい、忙しい!叔父さまが、市長に就任したことは嬉しいけれど……っ。ソルジェ・ストラウス、少しだけ、貴方の推薦を恨むわ……っ!」
「がんばってくれ。君になら、やれることだ」
「やれるわよ。でもね、忙しくて、イライラするのよね!」
「愚痴は聞いてやるよ。うっぷん晴らしになるのなら、いくらでも」
ビビアナが書いているのは、周辺都市に対しての飛ばす伝書鳩に括り付けるための手紙だ。援軍と協力を頼むんだよ。他の商人もしてくれているが、ジーの一族があらためてそれを送ることも効果的だった。
「こちらの勝利を受けて、ようやく重い腰を動かし始める者もいるだろうからね」
「でしょうね!……合理的な判断だわ。帝国軍と戦うことを、多くの者が躊躇う。それは、そうよね」
「大陸の大半を掌握している強国だからな」
「それに、勝った。でも、これは始まりなのよね。勝ち続けなければ、次は、本当にない……はあ、モチベーションをありがとう!もっと気の利いた美形の男は、いないのかしらね」
「最強の護衛もやれる美形の男なんて、きっと、この世にはいないからあきらめろ」
「でしょうね。ガマンして、作業するわよ」
筆を走らせる音が、ジーの屋敷の一角に響いた。風を採るために開いた窓からの風が、わずかばかりの涼をくれるなかで、商人たちの欲望をくすぐるための文面を用意するという気を使った作業を続けるのは、かなり過酷な労働だった。
「代わってやりたくもなるが、ガルーナの野蛮人の低能では、商人の興味をくすぐるポイントが分からなくてね」
「でしょうね。貴方じゃ、色気もつかえない。『貴方のたくましい腕が振るう剣に、勇ましく馬を駆る姿が、この街に現れてくれたなら……』なんて、貴方からの手紙が届いても、鼻を伸ばせる男はいないものね」
「確かにな。色香も使うわけだ」
「もちろん。私はジーの一族の女で、そのうえ美女なのよ?男どもを、使ってあげなくちゃね。私への下心目的でもいいから、一人でも多く帝国と戦う男を増やしたい。私のために、死ねばいいのよ。セクハラめいた視線の商人どもは!」
「ハハハ!」
「笑い事じゃないんだからね」
「だろうな。君は美しいから、男どもから不快な視線でも見つめられる。オレも、気をつけるとしよう」
「ときどき、開いた背中とかに視線が行くのは、あらためた方がいいかもしれないわ」
「そいつは、すまなかったな」
「まあ、視線が行くように、魅了してもいるわけだけど」
「なるほど、武術の達人のようだ」
「そう。武器にはなる。商いにも、政治にも、美しい女は有効な手札よ」
「歴史が証明してもいるハナシだぜ」
「欲望を叶えるために、ヒトは全力になるわけだからね」
「だが、君は手札じゃない。カードを切って、使いこなす側の才女だよ」
「悪女の才能、あるかしら?」
「あると思うぜ。とても賢く、大切なもののために必死になれるから。そういうのは、あまりにもカッコいい」
「あら?私のこと、口説いてる?」
「まさか?オレはヨメたちに一途だし、すぐとなりに尼僧がいるんだぜ?」
「『ヨメたち』に『一途』とか言っている時点で、お前は異教活動が過ぎるのだぞ、ソルジェ・ストラウス。人生を悔い改めるといい」
価値観の違いを受け入れることが苦手な尼僧が、オレの結婚生活にプンスカしていた。
「誤解されやすいが、オレたち四人夫婦はとても幸せなんだからな。ちゃんと、仲良く四人で……おっと、尼僧の耳には、毒だったな」
「す、スケベめ……っ」
「どんなことしてるのか、ちょっと興味もあるかもね。暇つぶしに良さそうだから、話してくれないかしら?」
「ふざけるな!?そんなハレンチな会話している暇があれば、さっさと仕事をしろ!!」
「はいはい。ああ、面白い。『カール・メアー仮面』をからかうと、仕事で疲れた心が回復するわ」
「聖職者に意地悪が過ぎると、女神の天罰が当たるんだぞ……」
彼女たちが、何だかんだと仲良しに見えるのは、勘違いじゃないだろうな。
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