第一話 『紺碧の底から来たりて』 その167


 当然の指摘だ。ビビアナ・ジーにとっては『ルファード』という故郷を奪い返す戦いを勝利しなければならない。


「メダルドは?」


「叔父さまは、もうすぐ帰ってくるはずよ。奴隷たちの、移動の準備は出来ている。この地下通路を使えば、安全に運び出せるはず」


「奴隷を、運び出す?……お前たち、何を企んでいるんだ?奴隷……泥棒をするのか?ソルジェ・ストラウス?」


「そういう趣旨の行いじゃないな。むしろ、真逆の行いをする」


「ふ、む?……どういうことだろうか」


「この子は、捕虜なのよね?もっと、しっかりと縛って監禁しないでいいのかしら?」


「鬼だな、この女!?」


「捕虜には厳しく対処する。戦争しようとしているときには、当然なんじゃないかしらね?いつ、邪魔してくるかもしれないし」


「せ、正論、だな……っ」


 根がマジメでアホなフリジア・ノーベルは、一瞬のうちに論破されてしまった。賢い女性と口で交戦するなど、我々のような知性に劣るアホ族はすべきじゃない。


「ほら。全身を縛ってあげるわ」


「……こいつ、危険な女かもしれない気がする」


「慣れているだけよ。奴隷商なのよ?」


「奴隷商!?悪党め!!『大魔王』の仲間は、そんなのばかりか!?」


「この子、失礼なんだけど。どこの誰なの?」


「『カール・メアー』のフリジア・ノーベル!それが、私の所属と名前だ!聖なる巫女戦士として、帝国軍の内部で行われている邪悪な異教活動を探っていたら……そこの赤毛に捕まり、押し倒され、縛られ、嬲られ、屈辱と恥辱の果てに、ここにいる!」


「ロリコン野郎ね……」


「そういう本気のドン引きした顔で、オレを見つめないでくれ。大きな誤解をしている。凌辱なんてしてないぜ」


「まあ。別にどうでもいいけど」


 信じちゃいない顔してるよ。ビビアナのなかのオレは、どんなスケベ野郎なのか……。


 めげないけどね。


「ミーティングをしようぜ。情報交換だ」


「捕虜は……?」


「逃げるつもりはない。逃げたところで……帝国軍に八つ裂きにされかねん……ッ。すべて、この赤毛野郎のせいだ!」


「事情を聴かなきゃ、なんとも言えないわね。とりあえず、全員そろって隣の部屋に。そこで、会議を始めるわよ」


「ラジャー!」


「私も参加して、いいのか?」


「情報を吐くならな」


「貴様ら敵に?」


「君の『正義』が、協力したくなることなら、するがいい。どうあれ。オレとミアがいる。全力で努力したところで、逃げられるはずもない」


「そうそう。フリジアじゃ、無理」


「私を軽んじるとは……いつか、目にもの見せてやるぞ……って、うわ!?こ、こら、黒髪女あああ!?ロープを引っ張るんじゃない!?」


「早く来いと、言っているのよ。馬鹿なの?」


「ば、馬鹿じゃない。フリジア・ノーベルだあああっ!?」


 引きずられていく彼女は、まるで大道芸人のような愉快さがあったな。


「面白い子だね!」


「同感だ。適度に、仲良くしてやるとしよう」


「いい子そう」


「マジメではある。『カール・メアー』に洗脳は、されてるだろうがな……それでも、奴隷商を『悪』だと感じられるところは、好ましい」


「うん!きっと、仲良くなれる」


「そうだといいな。さて、ビビアナにしかられる前に、行くとしようぜ」


「だね。ビビは、怒りっぽいから!」


 ストラウス兄妹は、仲良くとなりの部屋へと向かう。


 広い部屋で、大きなテーブルがあった。赤紫色の、いかにも高級感があふれる家具だ。年代物で、表面には年月に磨かれたつやがある。じっと見つめていると、吸い込まれそうなほどだ。


「カッコいいテーブルだよね!欲しい!」


「あげないわよ。金貨で30枚はくだらないんだから」


「て、テーブルごときが!?世俗は、これだから!?女神に寄付しろ、そんな金があるのなら教会を建てるべき―――うぐぐぐうう!?そ、そんなに椅子へ縛り付けるな、ヘンタイ鬼畜奴隷商めええええ!?」


 職業柄、慣れているというべきか。手際良く、平均の戦士以上には鍛えられている『カール・メアー』の巫女戦士を、椅子に縛り付けていく……ビビアナは、頼りになる女性だな。オレとミアがいなくても、フリジア・ノーベルは逃げられない気もするぜ。


 金貨30枚以上もする高級なテーブルから、やや離れた場所に椅子ごとフリジアは配置された。ミアが、その愉快な状況を見つめて、瞳を輝かせている。小さな声で、お兄ちゃんにだけ報告してくれたよ。


「……いたずらがバレて、しかられてる子みたい……!」


「ああ。まさに、そんな印象を受けるちんちくりんさだな」


「こら、そこの兄妹!!聞こえているんだからな!?」


「こいつに、耳栓とか、目隠しは?」


「とりあえずは、構わん。逃げられる気はしないだろ?」


「……それは、どうかな―――ぐええええ!?」


「じゃあ。さらにきつく縛っておいてあげるわ。変に動くとね、関節が抜けて、激痛を与えられる縛り方って、あるのよ?」


「ミアも、ガルフおじいちゃんから習った!」


「う、うう。やっぱり、ここは悪の巣窟だ……っ。人生サイアクの日を、生き抜く加護を、お与えください、女神イースよっ!!」


 やはり、面白い少女ではある。世の中には、こういった周りを明るくしてくれる才能は不可欠だな。日常を、感じさせてくれる者がいれば、戦いだけに囚われて、邪悪に堕ちることも防いでくれるよ。


 ユーモアは、とても大切だってことさ。正気を維持するのにもね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る