第一話 『紺碧の底から来たりて』 その166


 賢くないコンビがハシゴを上り、ジーの一族の屋敷へと戻った。


「ここは、なんだ?テロリストの巣窟にしては、綺麗すぎる……いや、なんか、あの辺、血のにおいがする……?」


「ボーゾッドが死んだ場所だから、血のにおいぐらい残っているさ」


「……帝国軍の指揮官だった貴族を、殺したのか。驚くべきのことの連続で、慣れてしまっている」


「サイアクの日には、ちょうどいいイベントだろうよ」


「納得は、いかん。慣れたくもない。お前は、もっと、常識的な人生を送るべきじゃないのか、ソルジェ・ストラウス」


「歴史上で一番、偉大な男にならなくちゃならないんでね。そういうわけにはいかん」


「……誇大妄想のテロリストめ」


 理想に暴走する宗教団体の巫女戦士サンに言われるとは、光栄なことだった。


 ……ああ。


 軽やかな足音が聞こえてくる。お兄ちゃんは、顔面を緩ませられるよ。『カール・メアー』の少女に皮肉を浴びせられた直後でもね!


「お兄ちゃん、お帰りなさーい!!」


 ミアが元気いっぱいに走ってくる!!


 勢いを保ったまま、お兄ちゃんに突撃するように飛びついてくれる!!


 受け止めるに決まっているぜ、お兄ちゃんの義務だからッッッ!!!


「ただいまっ!!ミア!!」


「おっかえりなさーい!!アタマ、ぐりぐり攻撃ー!!」


 ああ!!


 猫耳の生えた黒髪がっ!!お兄ちゃんのあご先をぐりぐりしてくれるっ!!とんでもない勢いで、ミア成分が補充されるのが分かるよ。おかげで、色々と悲しいこともあった孤独な冒険の疲れが、一瞬で吹き飛んでいた!!


 そんな、幸せに緩むオレを……。


 フリジア・ノーベルは冷たい目で見ていやがった。


「なにそれ、シスコン……っていうの?世俗の悪しき習わしの一つよね?」


「シスコンで何が悪いか。こんなに可愛い妹を愛でないような世の中は、滅亡しているに等しいだろう」


「だよねー!」


「……はあ、ていうか……あれ?……さっき、貴様の妹は…………」


「その子は、きっと、セシルのことだね。お兄ちゃんと血のつながった妹のことだよ」


「あなたは、血がつながってない…………わよね。だって、ケットシーだもの」


「うん!ケットシーだけど、お兄ちゃんの妹なのだー!!ぐりぐり攻撃ー!!」


「そうだぞ!!ミアは、オレの妹だああっ!!」


 ストラウス兄妹の儀式を、堪能する。


 コミュニケーションは大切だよ。人生を行く抜く理由を、知らしめてくれる。『家族』のために、ストラウスさん家の男は生きて死ぬ。


「……何だか、フクザツなのね、世俗って」


「社会勉強だ。世俗のなかにある純粋にきらめく愛も知れて、ためになったな」


「……そうかなあ。シスコンって、なんか、そういうのだっけ?」


 緑の目を細めつつ、『カール・メアー』の奇特な価値観のなかで育てられた少女は遠くを見る。窓の外を確認して、場所を探り出そうと試みているようだ。


「この子、捕虜なら。目隠ししておこうか?」


「この子って、あなた、ちょっと―――」


 ミアは移動した。お兄ちゃんの身体を登り、そのまま宙に飛んだ。フリジア・ノーベルの目の前に、音も無く着地する。黒真珠のかがやきを持つ二つの瞳が、まっすぐにフリジア・ノーベルを見つめた。


 聖なる宗教団体での戦闘訓練のおかげで、フリジアにも理解が及ぶ。うちの妹、ミア・マルー・ストラウスは、いつでも未熟な巫女戦士の一人を圧倒できると。


「……っ!!」


「怖がらなくても、いいよ。悪いことしなければ。何もしない」


「お、お兄さんと、同じこと言うのね」


「だって、兄妹だもん」


「……そう。人間族と、ケットシーなのに……兄妹……不思議なのね」


「ダメかな?」


「……ううん。ダメだとは、思わない……でも…………」


 『カール・メアー』の少女は、口ごもる。ミアは、成長しているからね。笑顔さ。その笑顔に、宗教が示す歪な価値観は敗北する。フリジア・ノーベルは、良くも悪くも、アホだからな。知性ではなく、感覚で、多くを理解しようとするタイプだ。


 心からの笑顔に、そういうシンプルな精神構造の者は嘘をつけない。『カール・メアー』の教義が否定しようとも、ミアの笑顔の方が正しいんだよ。人間族と亜人種が、『家族』となることの、どこにも悪はない。自然なことさ。


「私ね、ミア・マルー・ストラウスだよ。あなたは?」


「フリジア・ノーベル。『カール・メアー』の、巫女戦士。立場は、捕虜ね。意地悪しないでもらうと助かるわ。あなたのお兄さんに、色々と人生を破壊されている最中だけど」


「まあ、長い人生、そーいう日もあるある!」


「何度もあると、たまらない程度には、ヒドイんだけどね」


「とにかく、よろしく、フリジア!」


「……ええ。よろしく、ミア・マルー・ストラウス」


 少女たちが交わす握手は、かがやかしいものさ。友情が芽吹くかはどうかまでは、分からないが。憎み合うスタートではないのは、幸いなことだよ。


 そんな少女たちの光景を見守りながらも、気づいている。


 ミアが開けっ放しにしたドアを見つめた。美しい歩き方が聞こえるよ。礼儀作法の訓練で磨き上げられた社交術の化身。美しい女商人が、姿を見せる。


「戻ったのね、ソルジェ・ストラウス……って、なに?その少女……?」


「捕虜だよ」


「……ロリコンなの?」


「そういう性的な意図で、捕虜を選ぶような趣味はないし、そもそもロリコンではない。シスコンだがな」


「何が、違うのかしらね」


「ヘンタイと『家族』想い、大きな違いがある」


「はあ。まあ、どうでもいいわ。仕事の報告をしましょう。男の性癖なんてことよりも、この街の未来の方が大切だもの」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る