第一話 『紺碧の底から来たりて』 その168
全員で、金貨30枚の机についた。オレからの報告は、長くなる。そこそこの大冒険ではあったからね。セザル・メロを仕留め、『寄生虫ギルガレア』の情報の多くと『巣』を焼いたことで、地下の安全はより確保されたこと。
……そして、ボブ・カートマンについても、話しておいた。
「やはり、善き者はイース教徒に限る……死なずに済めば、良かったのだが。女神の慈悲に、きっと導かれている」
「良いおっちゃんだったんだね」
「まあ、そういうことだ。生き延びてくれたなら、メダルドの治療も、して欲しかったがな。セザル・メロを除けば、『寄生虫ギルガレア』について、誰よりも詳しい男のはずだった」
「残念だわ。でも、治療法についての情報は、手に入れたのね?」
「不完全な治療法だがな。メダルドが、『適合』をしていれば、必要ないかもしれないが……どうあれ、対処方法を研究していて悪いことはない」
「その情報を、渡してくれないかしら?……南の、エルフたちの毒だとか、伝承に関わっているのよね?」
「不思議なことにな。それが、どういうことなのかまでは分からないが……この屋敷の地下に、南のエルフの薬草医がいれば、相談してみるのも良いかもしれない」
「ありがとう。恩に着る」
「構わん。オレも、ミアも、メダルドには死んでほしくないんだ」
「そうそう。おっちゃんには、長生きして欲しいよ!」
「……そうね。私も、叔父さまには長く生きて欲しい……ちょっと、席を外すわね。この書類を、エルフの薬草医に渡してくるわ!」
「ああ」
弾む笑顔は、大人のレディーを美しく飾るものだよ。背中の空いたドレスとのギャップが、なんともセクシーで……という考えをするから、男はアホなのかもしれん。セクシーな背中はともかく、叔父を救うための手段を得た彼女の笑顔は、希望をくれる。
「奴隷商の女も、笑うんだな」
「ビビ、良い子だよ」
「奴隷商なのに……?奴隷を、売り買いするなんて……ろくでもないハナシだ」
「うん。そうだね。でもね。もう、元・奴隷商なの」
「奴隷商では、なくなったというのか?」
「そうだよ。逃がすんだから。このお屋敷の地下に集められた亜人種の奴隷さんたち、全員を!」
「……それは、良いことだな。その……『カール・メアー』の教えとしては…………」
「ダメなの?フリジアは、奴隷さんたちが、奴隷さんのままで、良いと思うの?」
「わ、私個人の考えではなく…………」
「私は、フリジアの考え方を教えて欲しいだけ。それ以外のことって、別に興味ない」
「……それは、その……も、黙認するぞ!」
「じゃあ、大賛成ってことだねー!!」
「ど、どうして、そんな解釈になるんだ!?うわ、こら、くっつくな!?椅子が倒れたりしたら危ないだろう!?」
「えへへ!!フリジアは、やっぱり良い子だー!!」
「善人に決まっているだろっ!?『カール・メアー』は、いつだって、正しいんだから」
亜人種の死を願うことを、慈悲だとも吐き捨てる連中でもある。苦しみに満ちた生から、解き放つことが―――彼女らにとっては、慈悲なのだと。フリジアには、そういう価値観は、似合わないと感じるよ。
「お待たせ!」
いい笑顔が戻った。こっちまで、笑顔になれるぜ。
「ビビ、お帰り。ちゃんと渡せた?」
「当たり前でしょ。さあ、ミーティングに戻るわよ。チビッ子、報告しなさいな」
「ラジャー!まずね、お兄ちゃんからの命令は、ちゃんと実行したよ!」
「ありがとう」
「帝国兵はぶち切れしてた。『カール・メアー』を見つけたら、八つ裂きにして海にばらまいて魚のエサにしてやるんだって!」
「うあああああああああああああああッッッ!!?私の、社会的な立場がっ!!?」
「なるほど。これじゃ、逃げ場なんて、この世のどこにもないわね」
「あ、あるに決まっているだろう!!おい、ソルジェ・ストラウス、ちゃんと、あとから、名誉回復をしろ!?」
「してやるから、安心しろ」
「う、うう。頼むぞ……」
「チビッ子、続きを」
「まだ、私の名誉を攻撃したというのか……?」
毎度、フリジア・ノーベルのことばかり攻撃したいわけじゃない。ミアは、偵察状況を描いた地図を、テーブルの上に広げてくれた。
「敵兵の配置。ちょっとね、変わっている。沖合いに停泊している軍船からと、地上経由でも兵士が、増えた。今は、たぶん、600から700の敵兵がいる。まだ、増えるかもね。食糧を売買する商人を、東から呼び寄せているもの」
「……ふむ。配置は、市場と、港の守りか。商いを掌握したがっているわけだな」
「そうみたい。『外』の敵じゃなくて、『内』の敵を狙っているカンジ」
「遠からず、この屋敷にも来るだろう。ボーゾッドの死を、隠し続けられるかが鍵だが」
「恭順は、演じているわ。少しは、その態度で時間を稼げると思うし、ボーゾッドとすでに交わした奴隷売買の契約は、実行することになっている。帝国の法でね。それが消化されない限りは、私たちに絡んでも得るものはない」
「安全そうだね!でも……敵の数が、増えると、何をしようとするか分からないよ。暴力はね、色んな事を解決しちゃうから」
「そのために、兵士を増やしているかもしれないってことね。奴隷たちを逃がしておかなくちゃって思うわ……でも、奪いたいと思うのなら……殺したいとは、思っていない……ボーゾッド一派を、根こそぎ始末したいのかしらね」
「あるいは、次の侵略の地へと向かうための準備かもしれん。『自由同盟』がプレッシャーをかけてはいるが……リヒトホーフェンは、『寄生虫ギルガレア』を求めていた。戦力として欲していたというのならば、『オルテガ』から勢力を広げるための手段としてかもしれん」
「西に、向かうのかしらね?それとも、北上して、貴方たちが奪還した『プレイレス』に?」
「どちらの可能性もあるが……それにしては、動かした規模が少ない。リヒトホーフェン自ら、内部分裂も仕掛けて、実働可能な戦力も減らしている……この数が想定する敵は少数だ……」
読もうとする。まだ、リヒトホーフェンの考えは、明確には見えないが……。
「これは、ほとんど勘ではあるが、ヤツは南を狙っているような気がする」
「南?」
「『寄生虫ギルガレア』は、南のエルフについての関連が多い。ボーゾッドを利用して、この土地で研究させていたのも……ボーゾッドを破滅させたいという以外に、意図があったとすれば……地理的理由かもしれん。まあ、勘が、告げる程度だ。現状では、断言するのは危険だな」
それでもね。猟兵の勘が、外れることは少ないものだ。リヒトホーフェンは、『寄生虫ギルガレア』に対して、どれだけの執着を持っているのか。それは、ときに、単純な領土的野心よりも、大きいかもしれない。
『地下病院』にあった地獄のような光景は、狂気の体現そのものだ。セザル・メロだけの狂気ならば、まだマシだが。『本当の支援者』であったリヒトホーフェンは、アレにどれだけの願望を抱いていたのか……。
どうにも。あの地獄を援助していた男が、まともなヤツには思えんね。
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