第一話 『紺碧の底から来たりて』 その164


 聖なるお山で暮らしていた少女は、『大魔王』のお兄さんの問いかけに対して、沈黙で応じる。構わないけどね。コミニケションを取りたくないというのなら、その意見を尊重してやるつもりだ。


 お互いに、生きるべき道は違っている。


 帝国軍に与する、『カール・メアー』の尼僧で巫女戦士。まったくもって、真逆の生き方かもしれないな。それでも、いくつか共通点はあるぜ。それなりにアホで、戦士としての鍛錬をしていて……邪悪な者は大嫌いだ。


「……フリジアだ」


「フリジアか。良い名だ。本名なのか?」


「嘘はつかん。私を、どんな嘘つきだと思っているのだ?」


「一般的に、偵察任務をするような者は、偽名の一つも使うからな」


「そ、そうだった!?……う、うう。そういえば、そうではないか」


 愛すべきアタマの悪さが少女だよ、フリジアちゃんはね。


「ククク!」


「笑うな。ヒトの失敗を笑うような者は、いつか己の姿を悔やむことになるのだぞ!?」


「良い意味で、笑っているんだよ。仲良くなれそうだ」


「ぬう。馬鹿にされているような気がしてならない」


 そういう点に敏感だってことは、普段から、わりと間抜けを周囲にさらしてもいる人物なのだろうね。何となく、想像がついてしまう。そそっかしい。行動力はある。考えが足らなくて、知性よりも感情的だ。ストラウスさん家の気風とは合うよね。


「だが、偽名などは、やはり気に食わない。私は、本名で行こう。フリジア・ノーベルだ」


「さっきも告げたが、ソルジェ・ストラウスだ。よろしく、フリジア・ノーベル」


「ああ。気安く、呼ぶなよ。一蓮托生とはいえ……」


「節度を持ったお付き合いをするとしようじゃないか。お互いのためにも。逃げるなよ?乱暴をしたくない」


「……逃げない。ムダな気がするし、ほとぼりが冷めるまで、街は、歩けそうにないからな……テロリスト扱いされれば、私は……はあ、責任は取ってもらうぞ」


「任せておけ。しばらくは、保護下に置いておく」


「情けない。やはり、私は未熟なのか……お山では、エリートのはずだったんだぞ。アレッサンドロにだって、負けなかったのに……」


「彼女と知り合いか」


「……そうだ。そっちは、どうして、あいつを知っている?」


「『ハイランド王国』の国境沿いにいた彼女と、偶然に出会ってな。あちらは、『血狩り』の準備をしていて、オレは、彼女の仕事を邪魔した。テントに押し入り、押し倒して……」


「す、スケベなことを!?」


「君は異教徒の戦士に対して、誤解をし過ぎているぜ。気絶させて、無力化しただけだ。君にしたのと、同じようなものだよ」


「乱暴者め……尼僧に、なんてことを。これだから、異教徒の男どもはクソなんだ。世俗は愚かさに狂っている。粛清し、正しい方向に導かなければならんな……っ」


 マジメだ。


 マジメな少女ではあるが、『カール・メアー』はそういう性質を利用し過ぎている気もする。宗教も、政治家と同じく世の中を自分の好きなように変えようとしたがるところが目立ち過ぎるぜ。


 暗がりのなかを、マジメなフリジア・ノーベルを肩に担いだまま歩く。


「おい、ソルジェ・ストラウス」


「どうした?」


「真っ暗すぎるだろ。これでは、迷ってしまわないのか?」


「訓練しているからな」


「したところで、さすがに……ほとんど真っ暗だぞ。私でも、全く見えない」


「昔、戦場で死にかけたときに、死んだ竜から『魔法の目玉』をもらったんだよ」


「はあ?」


「その力のおかげで、色々なものを見破れるようになったんだ。暗闇でも、オレは迷わん」


 それに、竜騎士としての技巧も、猟兵としての技巧も、暗闇での進み方を教えてくれているがね。肌に感じる空気の動きでも、空間は把握することが可能だった。フリジア・ノーベルの訓練は、まだまだ甘いのさ。


「にわかに信じられないハナシだが。この刀も……大きな呪いを、帯びているようだしな。本当なのか……」


「アーレスという、女性にやさしい紳士な古竜だったよ。竜騎士姫というストラウス家の先祖に仕えた、最強の竜だ」


「……昼から、ときおり黒い竜が見えるが……?」


「あの仔は、ゼファーという。アーレスの孫で、オレの今のパートナーだよ」


「強大な魔物を使役するというのかっ。やはり、異教徒的な傾向だ」


 この少女のアタマのなかでは、異教徒はどんな生活をしているのか。せまい世界で育ち過ぎるのは、視野狭窄を招いて良くない。教義に対しては、純度のある忠誠を持つようになるだろうが……。


「君は、もっと世界を見るといい。『カール・メアー』の山から出て、多くを学んだはずだぞ」


「世俗は、愚かだ」


「それだけか?楽しい記憶も、増えただろう。オレは、そうだったぜ」


「堕落は、汚れだ」


「そうかい?オレも、以前はマジメ過ぎた。滅ぼされたガルーナの復讐だけが全てだと考えて、周りを多く巻き込んでしまったのさ。そのときは、『魔王』じゃなくて、『死神』と呼ばれて恐れられていた。嫌われ者だったぜ」


「……『カール・メアー』は、嫌われ者じゃない」


「まあ、オレとは違うかもしれないが。あるとき、『死神』に、もっと気楽に生きろと教えてくれた爺さんと出会えてね。色々と、世の中の楽しいことを教えてもらった。『死神』ほどの純度はなくなったが……周囲を、より感じ取れるようになれたぞ」


「私は、周りを見えていないと?……姉弟子たちと、同じようなことを」


「若いってのは、自己中心的なものだ」


「……そんなことは……」


「君の知らないことも、『カール・メアー』が教えてくれないこともある。その中には、大切なものもあるぜ」


「……教義こそが、絶対だ。おかしな堕落に、誘うな、『大魔王』野郎め」


 すぐに仲良くなれるという関係性ではないが、どこかハナシは通じるように感じているよ。『カール・メアー』は、帝国軍と協力関係にあるが……帝国軍と同じというわけではない。


「尼僧でいたいか」


「……もちろん」


「ならば、祈ってやれ。オレには、やれないことを、してくれると助かる」


「……貴様の、敵のために?」


「死者までは、憎まん。それを選ぶと、戦士とはいえない者に堕落する。君が尼僧でいたいように、オレもちゃんとした戦士でいたいんだよ、『カール・メアー』のフリジア・ノーベルよ」




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