第一話 『紺碧の底から来たりて』 その37


 お嬢さまは黙っちまったが、その視線は鋭さが保たれている。少々、欲張りすぎたかもしれない。目利きの商人は、オレが仕事を求めていることの意味を探ろうとしているのかもしれん。


「ご主人さまはスケベですからな」


 ガンダラのフォローが入ってくれた。そのおかげで、オレを見つめる視線に、嫌悪と優越感が混じってくれたよ。傭兵ベケスは本格的に女好きという『設定』になった。


 せいぜい、下品な視線を彼女のボディーラインにでも送っておくとしよう。演技だよ。仕事なんだぜ。ミアがすぐそばにいるっていうのに、本気でスケベなことを考えたりはしない。


 だが。顔面の出来が、こういった表情や態度に向いているのだろうか。人買いの娘に花で笑われることになったよ。


「私に変な感情を抱いてもムダですよ。その……」


「恋人がいるわけだ。まだ、結婚してはいない」


「……ミスと呼ぶことを許したのが、商いのテクニックだとは思わないんですね」


「君みたいに気の強い女性は、そんな小細工を好まないよ」


「はあ。本気で口説いておられるかしら?でも、残念ながらタイプじゃないんです」


「よく言われる」


「そういう行為をするための奴隷なら、用意してあげますよ」


「まあ。それも含めて、全員を見たいんだよ。そこまで嫌がらなくてもいいだろ?スケベなのは本当だが、仕事熱心なのも本当だ。有能な奴隷を連れて、ここまで旅をして来たってことは、それだけ本気具合が伝わるんじゃないか?」


「……確かに。そこの巨人族は、良い奴隷みたいね……」


 ガンダラは静かな会釈で応じる。内心は、その査定の視線を浴びせられることは大嫌いなはずだった。商品として見られている。オレの筋肉を見るときのビビアナ・ジーの目よりも、今この瞬間の方が感情というものがない。本当に銀貨を数えているときのような、人買いの目だった。


 オレとすればね、ガンダラをこういう目で見られることは気分が悪い。しかし、演技としては有効だろう。困ったことに、ビビアナ・ジーはヒトを見る目があるからな。ガンダラの体格と、その洗練させた知性に、大きな価値を発見しているはずだよ。


「……その奴隷を所有している、と」


「働き者なうえに、有能なんだよ。アドバイスも欲しくてね」


「……奴隷に対して、やけに優しい傭兵なのね」


「有能であれば、何だって良いのさ。フリーの傭兵っていう立場は、そういうものだ」


「理解はしておきます。不思議な旅のお仲間も連れていますがね」


「妹と、弟分だ。有能なのは、君なら分かってくれるんじゃないか?」


 ミアはニッコリとした。ビビアナ・ジーはうなずく。その立ち居振る舞いに、戦士としての達人性をミアは『少しだけ』見せてくれているから、彼女には伝わりやすいのさ。目利きの人買いであっても、猟兵の真なる強さを推し量れない。


 だから、可愛いだけでなく優秀で器用なうちの妹は、『見せる強さを調整しているんだ』。分かりやすい強さに抑えていた。まあ、あえて弱そうな動きをしている。気配をムダに出していたり、感情を強く出したり……。


 そういう演技は、オレよりミアの方が得意なんだよ。暗殺の技巧の一面じゃある。力も気配も自在に操るんだ。威圧の強弱しかやれていないオレに比べて、その技巧は多面的で複雑で……宇宙一お兄ちゃんを鼻高々な気持ちに誘ってくれる。


「有能集団という点は、分かる……まあ、彼は、少し……不思議だけどね?」


「ジャンのことか」


「ジャンっていうのね」


「え、ええ。は、はい……ぼ、ボク、不思議ですか?」


「……『強い』というのが、何だか感じ取れるけど……理由が、自分でも見つけられない。不思議ね……興味深いというか、気持ち悪いわ」


「き、気持ち悪い……ッ。ご、ごめんなさい……ッ」


「気弱で繊細なんだ。そういう言葉を使わないでやってくれ、ビビアナ・ジー」


「……ええ。ごめんなさいね。悪い意味ではないのよ。貴方を、理解することが出来ない自分へのモヤモヤなの」


「だって。良かったね、ジャン!」


「う、うん……」


 ビビアナ・ジーは困惑もしているようだが、オレは感心している。ジャンの外見からは推し量れるはずのない実力を、人買いとして養ってきた目で見抜いたのだから。


「とまあ、これだけ有能な者をそろえて旅をしていると、最優先の仕事以外にもしたくなるんだ。オレが、スケベだってことだけが全てじゃないぜ」


「……盗賊問題を解決して、私たちから利益を得たい」


「信用も欲しい。その問題を解決すれば……多くの信用も得られて、君はオレの最優先課題にも応じてくれるんじゃないかっていう期待もある。盗賊問題を解決できそうな状況かな?」


「帝国軍の兵士たちが、対策してくれていますよ」


「ほう。有能な連中がか?」


「……いえ。正直になると……有能では、ありますが……問題の解決には向かないかもしれません。少しばかり、『粗暴な方々』ですから」


 ……会話というのは多くの情報を引き出せるものだな。オレたちは見つけたのかもしれない。ボーゾッドの運用している『懲罰部隊』の一部をね。ヤツがこの『ルファード』を縄張りとしてライバルのリヒトホーフェンから奪いたいなら、治安問題の解決にも力を注ぐ。


 もっと聞き出してみたいが……。


 ガンダラが、背筋を伸ばして首を振った。首枷を動かしながら咳払いをしつつ。まるで、暑さに参っているような様子を見せてくれているわけだが、その真意は違う。食いつき過ぎるなと、アドバイスしてくれているのさ。


 注意が必要だ。ビビアナ・ジーは、ジャンの実力を見抜くほどに凄腕の人買いで、交渉の沼にハマり過ぎれば、ガルーナの野蛮人より長けているのは当然のこと。


 だってね。


 彼女の語った『粗暴な方々』は、『懲罰部隊』ではないかもしれないし―――オレを期待で操るために帝国兵を貶めるために使った嘘かもしれないのだから。帝国軍はジーたちのために動いていない可能性だってある。


 すべてが嘘かもしれないってことだ。


 我々を評価して、有能だと彼女は知った。あとは『どれだけ安く、使えるか』という計算をするのが商人で、そのためならば嘘も使う。


 人買いだとか奴隷商人だとかに詳しいガンダラが、心配してくれるなら、不用意に踏み込むべきではない。オレも情報を得たが、この会話の流れで、こっちの力量の一部を見破られてもいる。冷静で知的な瞳に、微笑みを浮かべる顔。話し込めば話し込むほど、彼女も多くを得ていく。


 そんな分の悪い勝負に夢中にさせるために、気の強い人買いの娘は営業スマイルの仮面をつけているのかもしれない。オレの顔面なんて、嫌いなはずなのにね。


 ……優先事項に忠実であるべきだな。ここには、拉致された者を救助するために来たんだ。




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