第一話 『紺碧の底から来たりて』 その35


「分かりましたぜ、旦那!!」


 門番コンビの片割れが、実に下っ端的な言葉を残して扉の奥へと駆け込んでくれたよ。


「……君らのボスも、『伯爵』に仕事を奪われがちなのかな」


「そ、そうですな。帝国軍は、好き放題にジーさまの縄張りを荒らした……」


「だが。帝国軍にそっちからも接触しただろ?」


「ジーさまも、その……生き延びたかったというか……アンタは、どこの勢力なんだい?」


「フリーの傭兵が本職だ。金さえ払えば、ジーに雇われてもいいぞ?亜人種の盗賊たちと揉めてるんだろ?」


「詳しいんだな」


「そういうきな臭い事情に精通していないと、乱世で傭兵稼業をすべきじゃないのさ」


「な、なるほど……ちょ、ちょっと、オレたちのようなゴロツキとは、格が違いそうだ」


「違いそう、じゃなくてな。実際のところ、大きく違う生き物だぞ」


「は、ははは。そうなんだろうな……真似、出来そうにない」


「しなくてもいい。好きに生きればいいんだよ。荒事を解決したいときは、専門家に金を支払えばいい」


「……亜人種の盗賊どもを、倒してくれるってのか?」


「ジーが、報酬を用意すれば、そういう仕事をしてやってもいいぞ。まあ、今のクライアントの仕事が優先だが……『次』の仕事として、ジーに雇われるのもいいかもしれん。全ては、報酬次第だ」


「腕っぷしがあれば、そういう生き方もやれるんだな」


「乱世では、暴力の持つ価値が高くなる」


「……オレも、もっとガキの頃に武術を真剣に練習しておけば良かったよ」


「今からでも……いや、遅いか。太った下っ腹は、酒と肉が好き過ぎる証だ。お前を、良い戦士に鍛え直すには時間がかかり過ぎそうだよ」


「そうだな。自分でも、そう思う」


「言っちゃ悪いが、お前も含めて、屋敷の見張りについている戦士の質は低い」


 怒るほどの気概があれば、まだ見込みもあるんだがね。男は苦笑して、オレの失礼なはずの評価を受け入れてしまった。


「ほんと、その通りさ。腕の良い連中は、帝国軍に仕官するヤツもいた」


「『オルテガ』に行って、リヒトホーフェンの部下になろうとしたわけかい」


「ああ……」


「歯切れが悪いな。それ以外にも、『転職先』があったのか」


「……傭兵は、何でも知っているんだね」


「戦いに関することには何だって詳しい。ということで、教えてくれるか?……きな臭いハナシは、オレにとってはメシの種につながるんだよ」


 男は周りを確認した。屋根やベランダに出てきている見張りどもと、十分な距離があることを確認すると、こちらを見つめてくる。景気の悪そうな顔だ。腕以上に士気の質が悪い理由を知れそうだな。


「ここだけの秘密にしてくれよ?」


「傭兵は口が堅いから安心しろ」


「実のところ、反帝国組織に合流した連中も少なくない」


「なるほど。帝国に逆らう気骨がある戦士もいたか!」


 嬉しくなるね。


 人買い野郎の手下のなかにも、ちゃんと侵略者を許さない戦士もいたわけだ。そういう態度は、歓迎したい。『自由同盟』にとっては、敵の敵……潜在的には、味方となる可能性もある。


「しーっ!……大声で、言うなよ、旦那。ジーさまからすれば、腹立たしいことでもあるんだ」


「ジーは、帝国軍に尻尾を振っているからな」


「旦那ぁ……」


「ああ。大きな声では、言っていないだろ?」


「意地悪だぜ、旦那」


「よく言われるから、少しぐらいは自覚があるぜ」


 確かに、意地悪かもしれないな。だが、これも情報収集の一環だ。『ルファード』の市民たちの感情も確かめられる。侵略者に屈する情けない者ばかりではない……。


「……ジーさまだって、帝国軍は、嫌いなんだと思うぜ。でも……人買いは、帝国の支配下では帝国貴族が関わらないとやれない。亜人種の盗賊からも命を狙われている。選択肢が、他にあったと思うか?」


「違う商いに鞍替えする機会だったかもしれん」


「……人買いってのは、難しいよ。再出発しようとしても……悪評がつきまとうこともある。商売人は、信頼がなければ……」


「自業自得というものだ。どんな人生を歩んだかが、周りからの評価となる」


「……そうだな。そうさ。オレも…………」


 口をつぐんでしまった。気づいてしまったらしい。自分の人生に対して、自分が本当はどんな評価をしているのかを。直視するのは辛いことだから、うつむいてしまう。子供の頃になりたかったオトナに、こいつはなれていないんだよ。


「……自由なアンタが、うらやましい。戦いの腕があれば……オレも……違う選択をやれたのかも……」


「試してみるのも一興だぞ。誰かに依存しているばかりが、生き方ではない」


「いいや。試せない。オレは、あきらめてるんだと思う。ジーさまの部下として生きるしか、生き方はない」


「それでいいと思うなら、何のアドバイスもしてやる必要はないな。他人の生き方に口を出すのは趣味じゃない。お互いが選んだ仕事をしよう。全ては、自己責任さ」


「……オレでもさ、昨日までと違ったことが、やれると思うかい?」


「やれるよ。ヒトは、覚悟と決心で大きなことを成し遂げられる。それだけは、言っておいてやろう」


 不満があるのならば、変えてみればいい。人買いジーの手下でいることに誇りを感じないのなら、侵略者である帝国に自身の安全のために媚びへつらう情けない親分に依存することが恥ずかしいのなら、より建設的な選択をする準備は出来ている。


 ここを捨てて、新しい道を歩き始めた者を追いかければいいだけのこと。ヒトには可能性ってものがあるんだ。あきらめ過ぎる必要はない。


「……ありがとう。お客さんに対して愚痴っぽくなって、すまねえな」


「暇つぶしには、ちょうど良かった。この街の情勢も、また少し見えて来たしね」


「でも……秘密にしておいてくれよ?」


「ああ。約束は守る。フリーの傭兵も、信頼が第一なんだよ」




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