第一話 『紺碧の底から来たりて』 その34
ガンダラも反対しない。つまり、オレが気づけなかったリスクがあったとしても、無視して良いものしかないということさ。
「ミアは屋敷内部を記憶してください。ジャンは、嗅覚を使って奴隷たちの場所と、人買いどもの配置をメモしておいてください。交渉は、団長と……状況次第では、私が担当です」
「ラジャー!」
「は、はいっ。がんばって、探ってみます!」
役割分担も完了。それぞれの得意な情報収集をするってことさ。オレの話術は、まあ、得意ってほど性能が良いモノかは微妙なところだがね。強気な態度での交渉は上手い。相手を怯えさせたり、恐怖で行動を縛ったりするのもね。
優秀なブレーキ役がいれば、粗暴なヤツもいていいわけだよ。
オレを先頭にして、正面から堂々とメダルド・ジーの屋敷を目指して歩く。見張りの連中は、すぐに気づいた。正確には、『気づかせた』んだよ。役者から受けたレッスンのおかげでもある。態度だけではなく、『気配』も広げているのさ。
見張りは、怯えやがる。
いい傾向だよ。戦士の気配は、力量を帯びているものだ。それに反応することで、自分の力量も示してみせる。
「……やっぱり、雑魚しかいない」
ミアの言葉は端的で、精確だ。襲撃して全員を殺すことは、難しくはない。人買いどもの戦力は、結局はその程度だった。だが、昼間の街中で堂々と襲撃はやれん……周囲の連中に取り囲まれるリスクもあるからだし、亜人種を解放する手段が整っていないからな。
あとは、気になることもあるんだよ。
「……エルフの盗賊団のリーダーを捕まえた連中もいる。練度のある『懲罰部隊』の連中も、『ルファード』にいるのかいないのか……」
「戦力の全容を推し量るのは難しいですな。まずは、一つずつ確実に情報を得ていくとしましょう」
「ああ。焦らないようにしうじゃないか」
ニヤリと笑う。人買いの手下どもに向けてでもあるが―――あのゴミカスどもよりも、ミアのために。気配の使い方というのも、難しいもんでね。敵に向けての威嚇に使ったつもりだが、そんなお兄ちゃんに同調して血の気を燃やしてくれているんだよ。
人買い。
奴隷だったミアの母親からすれば、仇みたいなものだからね。うちの宇宙一可愛くてやさしくて最高な妹は、親の仇を見つけたら片っ端から殺してやりたいと考え、考えるだけじゃなくて実行してしまうほどには『いい子』さ。
だからね、お兄ちゃんは気を遣うべきだった。ミアがしくじることはないが、ミアのためにやれることがあるなら、何だってすべきだからね。
人買いどもの引きつった顔の前にやって来るよ。
こちらは笑顔だけど、威圧がゼロにはならない。竜太刀を背負った筋肉質の大男で、この雑魚どもが百人いたところで、傷一つ負わせられないかもしれないほどの力量の差があれば、選ぶべき態度もある。
「な、何の用だ!」
「ククク!……緊張するなよ。オレは、客だぜ」
「客だと?」
「ここは、『ルファード』の人買いのまとめ役……『だった』、メダルド・ジーの屋敷だろ?ほかに、それっぽい屋敷がなくてね。違うのかな?」
「いや、ここは、たしかにメダルド・ジーさまの屋敷だ」
「なら、オレは君らのお客様だよ。この巨人族の奴隷を見てくれたら、察しがつくんじゃないかね?」
「う、売りに来たのか?」
「違うさ。働き者で、有能な奴隷を求めているだけさ。『モロー』が陥落しちまったせいで、奴隷不足の冬になりそうだからな。クライアントの商人の依頼で、合法だろうが非合法だろうが、奴隷を獲得しようと動いている」
「なるほど。それは、お客様、ではある……だが」
「前もっての約束がなければ、メダルドさまには会えない―――ッ!?」
近づく。
頼りない門番の片割れに近づき、口もとだけで笑い、目玉では不機嫌さを伝えた。
「……や、やる気か!?」
「まさか。商談相手の手下を、反抗的な奴隷に対しての『しつけ』のようなことをする気はないぞ。理解しているだろうが、オレは君らが束になってかかって来ても、勝てるはずがないほど強い。警戒していたのに、一瞬で近寄られた。どんな暴力も、一方的に与えられるってことさ」
「……ッ」
「緊張するなよ。君らの前歯を、折るつもりはない。だが、察してくれると助かるぜ。オレは、クライアントのために、良い交渉をしたいだけだ。メダルドなんとかという落ち目の人買い野郎が有している全ての奴隷たちのなかでも、最上位に使える奴隷を見つけだして、買い集めないといけないんだよ。分かるかな?」
「は、はい……ッ」
「わ、我々に、どんな対応を、お求めなんでしょうか……ッ」
「貴様らの飼い主に会わせろ。あるいは、ヤツの手下のなかで、ヤツの代理人として権限を持った者でもいい。ちゃんと、オレの質問に正確に答えて、間違った情報を吐くことのない信頼できる立場のヤツを、今すぐ呼んで来い。オレは、このクソ暑い日差しのなか、歩き通して来たんだぞ。さっさとしろ」
「は、はい!!じょ、上司を、呼んでまいりますうっ!!」
「それでいい。5分以内に戻れよ」
「ご、5分ですか!?」
「真剣に仕事すれば、ヒトの一人や二人、その時間があれば呼びに行けるだろ。いいな?対応できないときは……貴様らは大きな商機を逃す」
欲深な商人を動かすために有効なモノを見せてやるんだよ。金貨だ。革袋の財布の中身を、門番どもの視線に晒す。大きな金貨が、じゃらじゃらとある。
「……ッ」
「……こ、これは……ッ」
「お前らが滅多と会えないような大物が、取引したがっているってことだ。オレのクライアントは、時と場合によっては、貴様らが檻に入れている奴隷の全員を買い取るかもしれん大金持ちだぞ」
「マジ……かよ」
「ひ、久しぶりの、大儲けのチャンスかも……だぜ」
「ククク!……なあ、いい仕事をしようぜ。オレもな、成果によって報酬が上がるんだ。大きな取引になるほど、もらえる金貨が増える。だからこそ、『積極的』な態度をするんだよ。理解してくれたかい?」
「は、はい!」
「なら、さっさと呼ぶべき者を呼んで来い。皆で、いい仕事をしようじゃないか」
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