第一話 『紺碧の底から来たりて』 その33
視線を動かして、周りの帝国兵どもを観察する。オレが金を握らせるのを全員が見ていたよ。あえて、目立つように動いたからな……。
狙いはあるぜ。
バカにしたような態度で、こっちを見て来る雑兵どもを鼻で笑いながら道を進んだ。突っかかって来ることはない。こいつらは、『伯爵閣下』の手下で、そいつの命令のせいで奴隷の買い付けに来た客に対しては丁重な対応をしなくてはならない。
それを確かめてもいる。
不機嫌にさせたはずだがね、どいつもこいつも近づいて来やしないんだよ。やはり伯爵のみじめな手下さ。何人かは、苛ついている。唾を吐くヤツまでいたが、オレににらまれると視線を避けた。オレから金を手渡された兵士どもをにらむヤツもいる。
いい傾向だ。
練度が低く、わいろを歓迎し、同僚に嫉妬している集団……。
「……雑魚どもだな」
「ええ。小銭で大喜びでしたな」
「あいつらの伯爵は、抱き込んだ部下に大して金を渡せてないらしい。まあ、全員を買収しようとしたならば、それぞれに渡る金は薄くなってしまうもんだが……景気が良いヤツの態度ではないな」
勧誘した相手には、ちゃんと金を支払うものさ。それが期待の大きさであり、礼儀ともなる。ケチな大将には、有能な者はついていかない。
「こいつらは小銭で動かされている。有事の際には、我が身を守ることを優先するだけだ。伯爵も、街も、死力を尽くして守ろうとはしない」
「倒しやすそうだね!」
「ああ。何人か、兵士を殺しておけば……士気をくじけるかもしれん」
「仲間同士で、金を奪い合って起きた殺人……のように見せかけるのも有効でしょうな。ここの兵士どもは、金に飢えています」
「いい作戦だ」
今夜にでも、やりたくなる。『ルファード』の守りについている帝国兵どもは、脇の甘さが目立ってしょうだない。あらゆる帝国兵どもが大嫌いなオレからすれば、実に殺意をくすぐられる『弱さ』だった。
街並みを歩き、練度の低い帝国兵どもとすれ違っていく。ガンダラをにらみつける者もいるが、オレに見られると臆病者な態度を晒した。顔を反らして、道をちゃんと開けてくれる。
態度は悪いが、真の荒くれ者というわけではない。市民だとか商人だとか、帝国軍の支配が利いている者たちは脅せるかもしれないが、本物の戦士には敵わないことを自ら悟ってしまっていた。
帝国軍の『侵略師団』に入れなかったということは、それだけでエリートではないという証。劣等感を抱えた兵士どもは、すっかりと負け犬根性が染みついてしまっているのが伝わって来るぜ。
仲間割れを仕掛けるには、いい相手だ。
こいつらはそろいもそろって臆病者で、外部からの刺激には結束で応じられるかもしれないが、内部対立には弱い。団結するための理由を、組織内には持っちゃいないからだよ。忠誠とか、友情とか、組織哲学とか、勝利への名誉とか……。
負け犬は、そういう感情を抱けない。みじめに周りの雑魚どもと、いじけて噛み合っているだけだ。追い詰めてやれば、ようやく結束が生まれるかもしれないが……それ以外では、強くはならん。
「……崩し方が、見えて来た。ガンダラが得意な『攻撃』の戦術で行ける」
「でしょうな。私も、その印象を持っていますよ」
「楽しみだが―――」
「―――今は、あの屋敷に向かうとしましょう。見えて来ました」
「メダルド・ジーの屋敷……地図の通り。かなり正確な地図だ」
「測量技術が高いのは、建築家の腕の良さを反映するものかもしれません。途切れ途切れの城塞を作ってしまっている『ルファード』の建築家はともかく、『迷宮都市オルテガ』の建築技術は優れているかもしれませんな」
「楽しみだよ。オレたちに協力してくれる建築家を、探したくなるぜ」
帝国の支配に反抗する建築家はいるはずだ。そういう人物と接触し、『オルテガ』の地図を得たい。まあ、くれんかもしれないがね。保守的な建築家は、『迷宮都市』の秘密を外部に漏らしたがらないだろうよ。
だが。
協力関係を作るべき対象ではある。方法は、いくらでも……。
「お兄ちゃん」
「……ああ。対象を、切り替えよう」
人買い野郎の屋敷についたから、その前を通り過ぎる。最初は視線を合わせたりはしない。見張りどもがいるからね。玄関先だとか、屋敷の庭にもいる。魔力と気配で感じ取れるが、どいつもこいつも二流ってところだ。
……屋敷から離れ、細い路地裏へと入ったよ。全員で、一緒に入ることはしない。オレとミアが入り、ガンダラとジャンは大きく遠回りして、合流する。目立たないようにするのも、大切だ。
四人が集合すると、物陰に身を潜めたまま視線を使う。
会ってもないのに悪感情を抱けている人買い野郎の家を近くから見た。かなりの大きさがある屋敷だし、上品さのあるたたずまいだな。三階建ての屋敷で、ベランダもついている。柱はシンプルで、飾り気が少ないが頑強さを帯びたものだ。
「……奴隷市場は、地下にある……そことつながっている檻もあるという噂だったな」
「魔眼で、何か探れますかな?」
「……屋敷のなかには、奴隷の集団はいない。魔力で、そいつは分かる」
「やっぱり、地下なのかな?」
「地下までは、魔眼が見通せない。ジャン」
「は、はい!……ひ、ヒトのにおいは、漂っています。あの屋敷からは、は、鼻が痛くなるほど香水のにおいがして……それで、きっと、大勢の奴隷たちのにおいを、か、隠しているんだと思います。こ、これは……ですね、あ、あそこと似ているんです」
「どことですかな?」
「も、『モロー』です。『モロー』の、み、南側。奴隷の檻が、あったところ。に、においが似ているので……おそらく、同じようなものがあるんだと思います」
「でかした」
「い、いえ。か、確証は……でも、じ、自信は、あります。似ているのは、ほ、本当ですから」
「いい鼻だね、ジャン!」
「う、うん。これも、と、特技ですからねっ」
日々、自信を深めてくれて嬉しいもんだよ。そこらの負け犬野郎どもとは、この前向きさが決定的に違う。ジャンは、控え目でハッタリを好む性格じゃない。だから、プロフェッショナルとしての自信をゆっくりとつけてやるべきだ。
嗅覚の専門家、知的な職業人/プロフェッショナル……いかなる専門家も、経験と知識が真の自信を組み上げる。ジャンは、それを勝ち得ている最中だ。団長として、この成長は見ていて嬉しくなるぜ。
ニヤリと、好戦的に笑う。部下のカッコいいところを見せてもらったら、団長さんも仕事で活躍する姿を見せたくなっちまうもんだよ。
「……さてと、ガンダラ」
「はい。接触してみますかな」
「ああ。『客』として、質問をぶつけてみようぜ。正面から、奴隷を見せてもらえるかどうか交渉するとしよう。断られるとは、思わないがね」
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