第一話 『紺碧の底から来たりて』 その32


 人格者というわけでもないようだからな。金の切れ目が、縁の切れ目となったらしい。出来の悪い手下しか残らなかった結果が、視界のなかにある……。


「切れ目が多く、低さのある城塞に……この戦力しかないわけか。夜間に乗じれば、オレたちだけでも脱出経路を作れるかもしれん」


「でしょうな。しかし、リスクはある」


「無理はしないさ。まずは、偵察をしてやろう。街に入るぜ」


 眼帯を取っ払い、金色に輝く魔眼に魔術をかけた。青い瞳に化ける。これで、オレの正体がバレる可能性は、ほとんどなくなった。


 四人で『ルファード』の入り口へと近づく。途切れ途切れの城塞ではあるが、街へと入る道は頑丈さのある城門に守られている。門が閉ざさていることはないが、有事の際にはいつでも封鎖が可能というわけだ。門番は屈強な男たち……いずれも帝国兵だよ。


 こちらに厳つい視線を向けて来やがったが、ガンダラの『魔銀の首枷』を見れば表情はいくらか落ち着く。『亜人種の奴隷を連れた人間族』を見ると、帝国人は自分たちの同類だと安心するのかもしれん。


「ようこそ、『ルファード』に!」


 張りのある声で歓迎されてしまったな。内心は、腹が立っているよ。でもね、これも仕事の一環だから……ビジネス用の笑顔を浮かべる。楽しくないセリフを使うとしようか。


「とある農園主の依頼でね、奴隷市場を見に来たんだ。いい亜人種の奴隷は、『入荷』しているかい?」


「ああ!活きのいい連中が、たっぷりと入った!」


「アンタが連れている巨人族よりは、小柄な連中ばかりだがね!」


「そうかい。船の扱いに長けた者は?」


「いるとも!ここの市場には、技能のある亜人種の奴隷どもが多くいる。まあ、そいつらを買うためには、銀貨も多く必要となるがね」


「負傷した奴隷はいないか?……そういう奴隷ならば、船を操れても値切れるかな?」


「どうだろうか。たとえ、捕まえるときに負傷させたとしても、技能があって高く売れる奴隷なら優先的に治療を受けるはずだ」


「なるほど。高い商品は、手厚くされるわけか……」


 『ショーレ』の商船の乗組員たちも、治療はされているかもしれない。救出しようとしているオレたちからしても、ありがたいハナシじゃある。


「だから、あまり値切れないと思う!質に応じた銀貨を支払えばいいだけのことさ!」


「フェアな取引がやれるのかな?……ジーとかいう商人には、あまり良くない噂もある」


「……まあ、あいつは、金にがめついだけさ!だが、安心しろ。帝国貴族が仕切っているんだ。変な取引には、なったりはしないよ」


「リヒトホーフェン伯爵は、『オルテガ』の支配に集中しているんじゃないのか?」


「伯爵は、一人じゃない」


「……ほう。他にも、伯爵がいるのか。じゃあ、そいつに手土産を渡せば、取引が有利になるかな?」


「ハハハ。まあ、支払える金次第だろう。だが、そんな金を使うぐらいなら、奴隷の取引に金を使った方がマシだと思うぜ!」


「奴隷の売買を成り立たせたいというのが、『君らの伯爵閣下』の考えか」


「そんなところだよ」


「で。どこの伯爵なんだ?教えてくれないか?」


「……すまんね。実は、秘密なんだよ」


「どうして?」


「……帝国には、厳しい法律の支配があるんだ」


「法が許さないことをしていると?それなら、ここで取引をしない方が賢明か……」


「いやいや!そうじゃない!もっと、繊細なことさ。取引の現場そのものには、悪影響はないんだ!」


「オレは、見た目の通りにアタマの出来が良くなくてね。血の気も多いし、短気なんだよ。感覚で動く動物だとでも思ってくれ。何が言いたいかって?……ちゃんと、分かるように伝えてくれないかってことだ。安心しろ。口は堅い。他言はしないぞ」


 門番どもは、互いの顔を見つめ合っていた。練度が高い帝国兵ならば、教えてくれなかったかもしれない。だが、こいつらは、そこまで練度が高くないようだ。


「誰にも言うんじゃないぞ?」


「もちろん。それで、どういうコトなんだ?」


「……オレたちの上官は、リヒトホーフェン伯爵と対立しているんだよ。彼から、奴隷市場を支配する権利を、奪い取りたがっている」


「それは、反逆行為なのでは?」


「精密に言えば、そうかもしれない。だから、建て前が要るんだ」


「名前を秘密にしていれば、誤魔化せると?」


「そんなことろだよ。法律ってのは、口うるさいわりには、どこか間抜けている。実情は違っても、表記さえ正しければ何となく動いちまうこともあるんだ。分かるだろ?」


「少しはな」


「でも、安心してくれ。『ルファード』での取引についてはフェアだ。帝国貴族は、そこらへんはしっかりしているよ」


「……ジーに邪魔されたりはしないのか?後からムダに金を請求されたりはしないだろうな?君らの伯爵閣下と、ジーの野郎、二重に支払うようなことには?」


「ならない。大丈夫だって。むしろ、問題が多く生まれれば、リヒトホーフェン伯爵も動き出すかもしれないだろ?そういうのは、望むところじゃない」


「トラブルの数を、少なくしておきたいと」


「そうだよ。だから、ここの奴隷を買ってくれ」


「……分かったよ。せっかく、奴隷を求めて遠くから来たんだ。そうしよう。だが……どうして、君らはそんなに上官の仕事の肩を持つ?……得があるのか?」


「忠誠心が―――」


「―――建て前を、信じるほど純情な男じゃないぞ」


「……ああ。その、実は……リヒトホーフェン伯爵が一番の大将なんだがね。ここのボスである別の伯爵に……金を、もらっている」


「わいろをもらったわけだ」


「おいおい!人聞きの悪い言葉を使わないでくれ」


「オレたちは、出世街道から外れたんだ。故郷への仕送りのためにも……しょうがないじゃないか?」


「分かったよ。色々と教えてくれて、ありがとう。少ないが……こいつを取っておけ」


 銀貨を少し、門番どもに握らせた。まったく、こいつら良い顔しやがるよ……。


「……小遣いをくれてやったんだ。オレが根掘り葉掘り聞いたことも秘密にしろよ?帝国貴サマとは、仲良くしておきたいんだ」


「ああ。もちろん!」


「ヘヘヘ。ありがとうな……これで、地元に仕送り出来るよ!」


 ……邪悪な連中とまでは言えないが、腐敗している帝国兵どもだよ。指揮系統が、狂いつつある。内部の権力闘争ほど、組織を弱らせるものはないな。もちろん。敵の堕落は、我々にとってありがたいことだがね。




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