第一話 『紺碧の底から来たりて』 その31
「今日も、暑くなりそうだね」
「ああ」
雲が多少あったところで、真夏の暑さを遮断し切ってくれることはない。青い空と、白くて膨らんだ雲。熱されて揺らぎ始めた赤土……北の赤土よりも、中海南岸の土は少しばかり色褪せているように見えた。粘土状に固まっている赤土ではなく、砂が少し多いようでクリーム色が混じっている。
背の低い草がそこらに生えていて、小さくな花を咲かせて海からの風に揺れていた。花にたかる虫がいて、その虫を狙っているのだろうか、土色の肌を持つトカゲが先の割れた舌を口からちらつかせながら、ゆっくりとほふく前進していやがる。
旅をすることそのものは、何だかんだで楽しいことだ。
これから仕事に取り掛からなければならないというのに、初めて見る風景を楽しみたくなる。
いいことさ。過度な集中は、要らない。より多くを知覚することで、幅広く状況に備えられもする。すべきことは、見えているからね。シモンのおかげで、街並みは把握しているし、調べる場所にも見当はついているわけだ。
……楽しいピクニックみたいな歩き方でも、十分に間に合う。むしろ、より多くに適応すべきじゃある。新しい土を、より踏み慣れておくことだって大切なことだぜ。すぐに大規模な戦闘をする予定はないが、敵地に入ればどんなことが起きてもおかしくはない。
『ギルガレア』のおとぎ話やら、『怪物』やら……巨人族やエルフの荒くれ者やらもいる土地だ。穏やかな夏の朝だがね、あちこち火種が埋まってもいる。
ククク!
やっぱり、オレはガルーナ人だからだろうな。何だか、とてもワクワクしちまっているんだよ。良くない悪癖だが……本能に根差す性格は、遠ざけることが難しい。前向きに、有効活用しようじゃないか。多くを知覚し、戦い方を『ルファード』用に調整しておこう。
いいことだよ。
最終的に、戦って勝利しなければ取り戻せないのだから。戦う準備を、さっさと始めておくのも有効ってものさ。
新しい土地を散歩する喜びを味わいながら、想像力を使って何十回も戦ってみる。合戦もすれば、白兵戦の仕方も作っておくんだ。
あいかわらずの仕事中毒っぷりかもしれん。
でも。
世界を変える仕事は、やっぱり楽しいものさ。
「……ま、街の入り口が……み、見えて来ましたねっ!」
「古い城塞がありますな。それに、東側の守りは、確かに甘いようです」
「帝国兵、かなり少ないね。でも……」
「軍装じゃない見張りもいるようだ」
帝国兵の服装こそしていないがね、小屋のなかから外を見ている男どもが、あちこちにいやがる。上空からはさすがに見えなかったが、この角度でなら目視可能だ。小屋に潜み、息をひそめたつもりだろうが、窓や開け放たれた戸口から見える姿が悪目立ちしてしまっている。
「ずいぶんと警戒していますな。一般人や商人には、バレないかもしれませんが……明らかに、見張っている。帝国兵か……あるいは、練度の低さを見るに、周辺の亜人種の恨みを買っているメダルド・ジーが手配したヤツの部下かもしれません」
「そっちだと思う!下手くそだから!」
「オレもだ」
「ならば、おそらくヤツの部下でしょう」
「……メダルド・ジーのヤツは、ちゃんと、巨人族とエルフの襲撃にも備えているわけだ。しかし、それでも……」
「ええ。東側の警備は、手薄に見えますな。あくまでも、見えるだけですが。つまり……」
「『罠』だ。ゼファーで上空から見たときは、街中をうろつく兵士が多かった。状況に応じて、『手薄な東』に戦力を集めさせるためだ。あえて、守りに穴を作ってもいるだけに過ぎん」
商いのために、東側からの客を歓迎しつつも―――敵襲には備えさせているわけだ。こういう不一致な戦術は、脆さを生むものということを知らないのか……あるいは、リスクを無視して、積極的に欲深な行いをしているのか。
商人らしいというか、戦いを最優先していない選択を感じさせて来やがる。
つまり、それは……。
「メダルド・ジーと帝国貴族の考えが一致しているわけですな。戦力も、共闘させている」
「ああ。その貴族が、ボーゾッドなのか、リヒトホーフェンなのかは微妙なところだが。どちらにせよ、商業優先という気質は変わらんらしい。まだまだ戦線は遠くだと油断していやがるのかもしれん……それに……」
「そ、それに?」
「メダルド・ジーは、追い詰めれば逃げるかもしれんぞ」
「ありえますな。帝国貴族に利用されるだけの形になっている挙句に、命まで狙われているという形では、利益が薄い。一財産を築いた後で、撤退しようとするかもしれません」
「夜逃げしちゃうかもってこと?」
「そうだ。手下に、あれだけ警戒させていれば、それもあり得る。貴族でもなければ、戦士でもない。金さえあれば、他の土地で別種の商いで再出発もやれる」
商人は、戦士よりもはるかに合理的なものだからね。命を狙われることを、戦士ほど名誉とは考えもしない。
「わざわざ苦しみ続けることを、いつまでも許容しているような性格にも思えん。手下の毛色も、かなり悪い」
眼光が鋭すぎる。商人が選ぶべきスマイルではない。熟練の戦士の放つ殺意とも思えない『弱さ』も、あの窓から届く気配にはある。多く動き過ぎて、ムダに目立ちもしているな。それが、見張りとして正しい行為だと信じているところを見るに、生粋の戦士でもなければ、軍人でもないということは明らかだ。
相手に悟られ過ぎる見張りは、相手に身を隠されて役立たずとなりかねない。
「良くない連中だ。胆力も感じない。敵だか、あるいは上司であるメダルド・ジーに対して苛ついているのか、恐れているのか……ムダに必死な視線になっている」
あんな手下しかいないのであれば、メダルド・ジーはこの『ルファード』にいつまでも拠点を構えておくことに不安を覚えるかもしれん。あまりにも……動きが悪い。
「しかし、いくら何でも質が低いな。おそらく、良い手下は引き抜かれたんだろう。ビジネスを奪われたときに、リヒトホーフェンに人材も奪われたか」
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