第一話 『紺碧の底から来たりて』 その30


「えー、おとぎ話?おっちゃん、どんなの?どんなのー?」


 ミアは興味津々だ。『怪物』にまつわる情報も、オレたちは欲しいからね。ボーゾッドが、どんな経緯でその力を獲得したのかは気になりもする。


 しかし。


 おとぎ話と来たか……。


 『懲罰部隊』とは、何とも不釣り合いではあるが、聞いておくべきことだろう。


「『オルテガ』に伝わる、古くからのおとぎ話にあるんだよ。悪さを働いた人物の前に、『ギルガレア』という名前の獣がやって来てね、夜寝ているあいだに噛みつくんだよ。そしたら……」


「そしたら?」


「翌朝には、罪に応じた醜い『怪物』の姿になってしまうんです」


「おー。『怪物』に!」


「ありがちな怪談話というか、童話というか……城塞に籠城する日々が長かった『オルテガ』には、多くの暇つぶし用の物語が作られていまして、『ギルガレア』もその一つなんです」


「作り話なんだ?」


「ええ。子供たちに聞かせるための物語ですからね」


「本当に、作り話なの?」


「……す、少なくとも、私はそういう認識で今日まで生きて来ました」


「そうなんだ。でもね、おっちゃん。世の中には、ヒトをバケモノにしちゃう呪いって、けっこうあるんだよ」


「そ、そうなんですか?」


「うん。あちこちで、意外と見かける」


 思えば、我々の旅も奇特な現象とよくよく縁があるものだった。呪術による変身だとか、『ゴルゴホの蟲』によるバケモノへの変身だとか、呪いで出来損ないの神さまを作るだとか、この数か月のあいだで何度そういった変わった存在と出遭っただろう。


「『ギルガレア』ってのも、本当はいたりするのかも?」


「う、うーん。そうだと、怖いですねえ」


 シモンは戸惑っている。『ギルガレア』とかいう獣が現実にいると、考えられない。おとぎ話の存在に過ぎないと、本気で考えているが……我々の態度から、察するものもあるようだ。


「私は、そういった『怪物』についての噂を聞いたことはありません。もしかすると、本当に『ギルガレア』はいるのかもしれませんが……」


「そうか。心当たりがないのであれば、忘れてくれ」


「……は、はい…………」


「忘れられないことがあるとか、あるいは、『ギルガレア』について話しておきたい何かがあれば、教えてくれるとありがたい。地域の伝承からも、学べることは多くあるからね。何を恐れ、何を大切に思っているとか……文化を知れるんだよ」


 話しやすくしてやったつもりだ。オトナは、おとぎ話について語ることなんて不得意だからね。不器用なものさ、『話すべきレベル』を勝手に決めちまって、幼稚だと思うことを口に出来なくなるということは。


「で、では。『ギルガレア』についてですが……元々は、より南の森林から伝えられたという説もあります。南から『オルテガ』にやって来た商人が、伝えたとか……」


「南か」


「ええ。南の果ては、未開の土地です。我々が知らない邪悪な魔物が棲んでいて、そいつがヒトを襲い『怪物』にしてしまうような事件が、かつて本当にあったのかもしれません。もちろん……全て、作り話だったのかもしれませんが……」


「『オルテガ』では有名なおとぎ話なのか?」


「悪人への『罰』を与える獣ですからね。子供たちの教育にも、よく使われていますよ」


 ならば、『ボーゾッド調査隊』の耳にも入る。『オルテガ』で『ギルガレア』を探してみれば、あっさりと見つけたのだろうか……。


 ライバル貴族で格上のリヒトホーフェンに何としても勝りたい執念で、どんなことにも執念深く調べ尽くしていけば……地元住民でも忘れ去った事実と出会える?


 ……ありえなくはない。ヒトが『怪物』になってしまう現象との遭遇が、それほど珍しくないことを我々の旅が証明しているのだから。意外と、あちこちで埋もれた『怪物』がいるのかもしれん……。


「シモン、『オルテガ』では、呪術が盛んなのか?」


「い、いえ。そんなことは、ないと思いますが?」


「怪しげな宗教団体があるとか?」


「いえいえ!?……イース教徒が多いです。それほど、怪しげな宗教が多いという認識は、私にはありません。もちろん、私が知らないだけかも、しれませんが……」


「そうか。ありがとう。とにかく、『ギルガレア』に噛まれれば、深海の魚のように醜い『怪物』にされる……悪人であれば。そういったおとぎ話があるわけだな」


「はい」


「悪人じゃなかったら、どうなるの?」


「悪いことをした人物の前にしか、現れないそうです。黒い、影のような姿をしているとか……」


「ふーん。そいつをね、追い払う方法とかはないの?」


「そう、ですね。玄関先に花束を逆さに吊るす、というハナシもありますよ」


「それだけで、追い払えるんだ!」


「まあ、その。あくまでも、おとぎ話のなかでは、そうです」


「それってさ、もしかして、お花屋さんが考えたのかな?」


「は、ははは。もしかすると、そうかもしれません。花を売るためには、有効かもしれませんね」


 花束は、素敵なものだが。ヒトを『怪物』にしてまうようなバケモノを追い払う力はないように思える。シモンの言う通り、あくまでもおとぎ話なのだろうが―――それでも、覚えておくとしよう。


 『ギルガレア』という『何か』が、もしかしたら実在しているのかもしれない。『怪物』に化ける『懲罰部隊』の男については、ついさっき遭遇したばかりだしね。おとぎ話の獣でなくとも……何かしらの原因はあるはずだ。ヒトは、いきなり『怪物』にはなれない。


「色々と、有益な情報をもらえたよ。シモン、ありがとう」


「いえいえ。貴方の力になれたのならば、私も嬉しいのです!……ご武運を。お気をつけて!」


 人懐っこい商人のスマイルで見送られ、我々は『ルファード』に向かって歩き始めた。すべきことは、いくつかあるが……まずは、商船から拉致された者が運び込まれたのかを確かめねばならない。


 悪人に噛みつくおとぎ話の獣には、是非とも人買いどものケツにでも噛みついて欲しいもんだよ。世の中には、罰を受けるべき者が、どうにも多すぎる。




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