第一話 『紺碧の底から来たりて』 その28
「……巨人族の集落は、ここから西に行った海岸沿いに点在しています。その集落から離反して、盗賊化というか、反帝国活動をしている巨人族たちの若者も、海岸沿いに出没しています。小舟を使うことも多いようですね」
「巨人族の腕力であれば、瞬発力で逃げ切れるということですな」
頼れる副官殿の予想には、百の納得しかしない。小舟を使った襲撃は、威力こそ出しにくいだろうが逃げ足に優れる。戦果よりも、無難な長期の抵抗を志しているわけだ。巨人族らしい哲学と言える。
「戦い方までは、私は把握してはいませんが……ギムリという名の男がリーダーをしているという噂は聞いています。あくまでも、噂ですが」
「噂でも十分だ。荒くれ者の集団の内部事情に詳し過ぎる者はいない。それに、戦術の傾向からして慎重なヤツだ。多くの情報は、流れては来ないだろう」
「そういう、考え方を戦士はするのですね」
「まあね。間違っていることもあるが、正しいことも多い。戦いに関しては、そんなものさ」
「さすがです!」
「それで、おっちゃん。エルフの方は?」
「エルフの盗賊……じゃなくて、反帝国活動をしている人々は、南にいます。南の深い森の集落から、『ルファード』の人買いどもはエルフを誘拐していました」
「それに反発して、若者たちが集まったわけだ。どちらも、似た経緯じゃあるな」
「ですね。こちらは、エルフらしく弓を使うと聞きますが…………その……」
「素直に言ってくれていいぞ。気を遣わない言葉の方が、情報としては価値がある」
「……はい。彼らは、多く戦死者を出しています」
「それは、人買いどもや帝国にか?……それとも、盗賊側に?」
「両方に、といったところですね」
「激しい戦いを好む」
「『攻撃的』なんだね!」
ミアのアタマを撫でながら、想像する。矢で援護されながら突撃を仕掛ければ、大勢を殺せるし……大勢の味方が死ぬことにもなるわけだ。『攻撃』に特化した戦略をしているのだろう。『遠距離からの奇襲で一撃離脱』なんて戦い方を志していれば、死傷者は減るはずだ。
それをしない。
勇敢であることを、誇りだと信じている集落の生まれなのかもしれないな。まあ、ギムリとやらが率いる巨人族の盗賊団とは、反りが合わない。
「戦果を求めているわけだ。しびれを切らしている。つまり、長く戦って来た」
「ええ。こちらは、リーダーが代替わりしたようです。半年前にさらし首となった男がいましたが……彼が、リーダーだったという噂でした」
「リーダーが交代したんだね。仲間が、たくさん殺されてしまっているから……きっと、怒って攻撃的な戦術を選んでいるんだよ!」
「そうだろうな」
「エルフたちの今のリーダーは、前リーダーの妹だという噂もあります。あくまでも、噂なのですが……」
「へー、女のリーダーなんだね!」
「名前は、分かってはいません。ですが、彼女には賞金もかけられている。名前が分からないままでも……エルフの女盗賊を捕まえて、メダルド・ジーのもとに突き出せば、かなりの金が手に入るのです。死者では、なく生きたままというのが条件なようですが。それに、報酬は金ばかりか、『過去の襲撃の罪を問わなくなる』……というのもあるようです」
「仲間割れを狙うのが得意な男らしいぜ」
陰険な考えだが……死者が多く出て、リーダーが変わったばかりの不安定な組織に対しては有効かもしれん。疑心暗鬼を生むからな。
部下たちは女リーダーに兄と同じような忠誠を尽くすとも限らないし、女リーダーも部下たちが自分を売るんじゃないかと悩む可能性もあった。『生きたまま』というのが、露骨なメッセージでもある。『裏切り』を推奨していやがるんだよ。
「落ち目で指揮系統が不安定な組織は、過度な攻めを選ぶようになりがちだ。そういった組織は、表面上の勢いとは裏腹に、消極的な戦いをする者や、裏切り者が増え始める。覚えが、あるよ」
焦れば、多くの小さな組織がそうなる。
起死回生を狙い始めもすれば、危険な作戦も実行し始めるし、どうせ敗北してみじめに死ぬのならば……より多くの敵と刺し違えるように死ぬべきだとか、このままじゃ自分は犬死にさせられるんじゃないかとか……よろしくない思考の囚われともなる。
血気盛んな若者が焦ると、ろくなことはない。
そして、メダルド・ジーは、それこそを狙っているようだ。煽れば、反応してくれる集団というわけさ。倒しやすさはある。
「……だ、団長。ほっとけないですよ」
「そうだな。『ルファード』の偵察が終われば、接触を試みるとしよう。賞金稼ぎのフリでもして、メダルド・ジーに会うのもいい。情報を、多く得られそうだし―――」
―――拉致するチャンスでもある。
シモンには聞かせはしないよ。商人仲間を売っただとか、思い込むことはない方がいい。気の良い男だ。竜太刀を担いだ大男が、自分のせいでメダルド・ジーの命を狙っていると考えさせては、ストレスになる。
嫌いな男の死や破滅を、心から願える者ばかりではないからね。シモンは、そんな傾向が強そうだ。刺激的な言葉は、あまり聞かせない方がいいだろう。
「―――犬死にさせるわけには、いかないね。女エルフのリーダーを、孤立させるべきではない」
チームを、組むべきだ。共通の敵がいる。器となれる哲学を掲げた組織も、すぐ北にまで来ているんだ。『自由同盟』の『仲間』として、共闘すべきだろう?
戦いの基本は、力を集めることに他ならんのだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます