第一話 『紺碧の底から来たりて』 その27


 やはり商人は何でも知っているものだ。人買いの元締めの野郎の仕事の方法だって、教えてくれる。瓶詰のフルーツも買ってみるべきだよ。支払った銀貨以上のことを教えてもらえるのだから。


「メダルド・ジーという男は、帝国貴族と付き合いがあるわけだ。奴隷売買は、帝国では貴族の特権だ」


「ええ。元々の、人買いですから。『オルテガ』では、帝国貴族と帝国の商人どもに仕事を奪われましたが、地方においては帝国貴族にいくらかの対価を支払うことで、前々からの『仕組み』を維持しているのです」


「新しく奴隷を取り扱う仕組みを作り上げるよりは、低コストというわけだ」


「そういった判断を、リヒトホーフェンは好むようですね。もちろん、長期に渡っての施策ではないのかもしれません。ゆっくりと、帝国が主体となって掌握していくつもりだったのでしょうが……」


「過渡期には、そういった状況も生まれやすい」


「みたいです。メダルド・ジーは、いち早く、リヒトホーフェンにすり寄って行きました。商人としては、その態度は間違いとも言えませんが、『オルテガ』周辺の商人や市民には敵を増やしました。それゆえに、帝国軍と協力する必要もある」


「『敵』が、攻めてくるかも……なんだね?」


 ミアの言葉に商人はうなずいた。日焼けした右腕を持ち上げて、南西の方角に指をさす。


「報復を考えるエルフや巨人族の集団が、より南の森にはいるのです。彼らは、それぞれの集落の掟から逸脱した無軌道な若者たちで……その、言い方をシビアにすれば、盗賊のようなものですね」


「掲げている大義は立派だが、振る舞いは残酷で我欲に走るタイプか」


 ヒトは必ず堕落するものでね。『愛国的である自分』を罪の言い訳に使うことだってある。正義のために行動する自分は、多少の罪を見逃されるべきだ。どこの街にも見かける、厄介な行動力を持った連中さ。


 問題は多いが、戦力として利用できそうな人々については、こちらも把握しておくべきだ。メダルド・ジーは、実際に警戒しているらしいからね。実利的な商人が、そんな態度を取るというのであれば、使える戦力だということさ。もちろん、きっと問題はある。


「足並みがそろっていないわけだ」


「え?……は、はい。よく分かりましたね」


「無軌道な若者たちは、この大陸のどこに行っても結束に欠く」


 心当たりがあり過ぎるよ。『死神』扱いされていた、ガルーナ敗戦後にあちこちを彷徨っていたオレにはね。


 どの組織も、若さと情熱と、偏執が大量にあった。むしろ有り余ったそれらのせいで、連携が取れていなかった側面もある。オレも……味方に死にもの狂いで戦うことを強いていたし、その結果、無残な犬死にを大量に作った。


「若者ってのは、どうしても独りよがりになってしまう。独善は、厄介だ。周りとの協調を阻害しちまうんだからね」


「……仰る通り。彼らも、それが弱点なのです。メダルド・ジーたち人買いへの復讐心という同じ目的はあるのですが……」


「それぞれの種族や、出身地のせいで、結束が作れていない」


 正しい指摘だったらしく、商人にうなずかれた。戦場にまつわる良くない噂というものは、いつだって当たってしまう。


「エルフと巨人族のあいだでも、対立めいたものがあります。人買いどもは、彼らに互いを売るように仕向けた……誘拐した者を返す代わりに、情報を差し出すようにと」


「つまらんことをするものだ」


「ええ、全くです。しかし、残念なことに有効でした」


「だろうな」


「……私のような、店も持てない行商人は、種族や貧富の差も越えて、誰かに頼らなければ生きていけないものです。交流を、多くやって来ましたが……店を持った大商人たちのなかには、メダルド・ジーのように、そういった交流を踏みにじるような鬼畜もいます。嫉妬で、言っているわけじゃありませんよ。本当に、そうなだけです」


「ああ、分かっている。君は、友人のために正しい感情を抱ける男だ。そういう商人は信じられるよ」


 どんな立場であったとしても、気高さを捨てない覚悟は必要だ。この目の前にいる商人は、他者の善意を信じられる良い男なのさ。


「……世の中が、良い方向に変わればいいのですが」


「安心しろ。オレたちで変えてやる」


「……お、おお。心強い!」


「そうだ。『オレたち』で、だ。世界を変える戦いには、より多くの『仲間』がいるんだよ。戦いのために、協力して欲しい」


「もちろん!」


「じゃあ、教えてくれ。君の名前は?」


「シモンと申します。『オルテガ商人ギルド』の一員です!……つい先日、解体されてしまったギルドですが、また、必ずや復活しますよ。歴史がそれを示しています」


「何度だって、立ち上がればいい。そうすれば、負けない」


「はい!……旦那の、名前は……実は、見当がついてもいるんですが、それだけに、聞かないようにしておきます!」


「賢明だ。余計なトラブルに巻き込まれることはない。オレたちも、足跡を消しておきたくもある」


「でしょうな……ではなく!その、何と言うべきか、了解しました。お客様の名前を知ることが、取引の必須条件ではありませんからね。行商人は、一期一会が基本ですし!」


「だろうね。それで、シモンよ。質問があるんだ」


「何なりとお申し付けください!」


「ありがとう。エルフと巨人族……結束した攻撃が出来ていないが、それなりの力を持ったグループである彼らの拠点か、代表者を知っているかな?」


 取り込んでやろうと思う。


 血気盛んだが、まだ本当の戦い方を知らない若者たちに、生産的な道を示してやりたいんだよ。我々は、バカで、アホで、視野が狭い。独善的な正義に酔いしれて、周りが見えちゃいないことも多いが。腕力と体力と若さがあるんだよ。


 より効率的に使う方法を覚えたならば、帝国にも……メダルド・ジーにも、良い復讐が成せる。


 バカどもの考え方には詳しいし、教え方も『教えられ方』にも詳しい。どっかのストラウスさん家の四男坊だとか、白獅子ガルフ・コルテスなんて男だとか、参考にすべき人物に、オレは世界でいちばん詳しいんだからね。




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