第一話 『紺碧の底から来たりて』 その26


 彼の期待と我々の行動の方向性は一致している。帝国への怒りが魂の底を流れているんだよ。侵略者への怒りというものが、どれだけ強くて不動なものなのかは他ならぬオレが誰よりも知っているぞ。


 敵がね、呼吸していると考えるだけで。


 敵の脚が、ガルーナを踏みつけていると思うだけで。


 殺意が湧き上がる。


 そういうものだ。商人も、仕事のためには帝国人にだって媚びたかもしれないが、本当の感情はオレと同じだった。そういう一致したものを知覚したとき、ヒトってのは血走った眼や、牙を剥きだしにしたようなニヤリとした笑顔を使い、仲良くなれた。


「……帝国兵どもの詰め所は、ここと、ここと……ここですな」


「ふむふむー。街の北と南……それに、西だね。東側にはいないんだ?」


「ええ。東側からのルート……つまり、この道もそうなんですがね、こっちは検問ナシに通してくれています。敵対者が、やって来ることは無いと考えているようですし……商品の運び出しをスムーズにするために、あえて取り締まりをしていないようです」


「早朝の『荷下ろし』も見せない割りには、穴が多いわけだ」


「帝国人どもは、自信過剰なんですよ。自分たちが負けないと思っている」


「つけ込むチャンスだねー」


「そういうことさ。常勝だからこその、気のゆるみというものもある」


「そこを、突く。『オルテガ』商人としては、共感しやすい考え方です」


 迷宮都市になるほど、複雑怪奇な城塞を作り上げた街だ。『防御』の戦い方が、文化や伝統にまで染みついているのだろう。守り切ることが、『オルテガ』の人々の戦略テーマだった。帝国人は、それをどこまで理解できているのかね。


「君らは、一度や二度の敗北では、屈しないだろう」


「もちろん!……長い歴史が味方ですから。我々は、しぶといですよ。変なハナシですが、負け慣れてもいますから」


「『次の機会』には、応じてくれるかな?」


 商人は身震いした。喜んでいるのさ、『反撃の日』を想像してね。鋼を掲げ、戦場に歌を放つ自分を見たのかもしれないし、あるいは友人の姿を見たのかもしれない。


「もちろん。取り戻すために、戦いたいのです。私たちは……必ず、この手に故郷を奪い返す」


「力を貸すよ。そのためにも」


「ええ。どんどん、訊いてください。提供できる情報は、全てお伝えします」


「ボーゾッドという帝国貴族を、知っているかな?爵位は、伯爵のようだ」


「……いいえ。リヒトホーフェンという帝国貴族ならば、知っていますが……」


「やはり、ボーゾッドはマイナーか……」


「その人物が、何か?」


「『ルファード』の港に、中海商人たちの船から拉致した人々を運び込んだ可能性がある。こいつは、『懲罰部隊』を運用しているようで―――ああ、つまり、犯罪者どもを兵士として使っているんだ」


「……『懲罰部隊』……それについては、私も知らないのですが……『ルファード』にいた帝国兵どもは、どこか……ガラが悪いような印象を受けましたね」


「連中が、『懲罰部隊』の兵士かもしれない。確証は、無いがね」


「……帝国兵の質も、諸々の商いも……リヒトホーフェンが牛耳っていますよ。『オルテガ』にいるヤツは、多くを独占しようとしています……」


「他は、劣るか」


「間違いなく。くだんの、ボーゾッドという貴族も、リヒトホーフェンには勝っていないと思います。それゆえ、『ルファード』にいるのかもしれませんね」


「リヒトホーフェンは、『オルテガ』以外を掌握し切れていない?」


「少なからず、支配力は弱まると思います。帝国も、おそらく一枚岩ではないようで」


「帝国も?」


「え、ええ。その……我々も、一枚岩ではありません。『ルファード』商人は、排他的な傾向も強いので……共通の敵がいたり、商いで組めたりすれば心強い連中なのですが……」


「『ルファード』の商人たちのなかに、帝国になびきかねない者はいるか?」


「いいえ。それは、ないはずです。絶対にとは、言えませんが。たとえ、商いのために表面上は従順だったとしても…………」


「例外は、いるものだ」


「……『ルファード』の人買いどもは、帝国と組みたがるかもしれません。連中は、中海南岸の亜人種たちの集落を襲うことも多くありました。残酷な連中なのです。自業自得とも言えるのですが、亜人種たちから恨みを買ってもいる。帝国と組めば、自分たちを守ることにもつながると、判断するかもしれない」


 合理的で、身勝手な考え方だ。しかし、周りからの尊敬を受け切れない悪党らしさとも言える。


「『ルファード』の人買いどものリーダーはいるか?」


「いますとも。『メダルド・ジー』……人買いどもを率いる、邪悪な商人。自分の親族でさえも、金のためなら売り払うのではないかと噂されるほどに、商い熱心なクズですね」


「自分の家族も売るの!?……そういうヤツ、大嫌い!!」


 ミアが憤慨している。お兄ちゃんと、同じ価値観してくれていて嬉しいよ。


「そいつの家は、どこかな?」


「ま、まさか……っ」


「暗殺しようと言うわけじゃない。オレたちの目的は、別にあるんだ。そのための調査で必要になるかもしれん。君は、その場所を教えてくれたところで、商人仲間を裏切ることにはならないぞ。それに、『ルファード』で聞けば、誰しも知っていることだろ?」


「は、はい。メダルド・ジーの屋敷は、大きいですからね。その……ここです!」


 『ルファード』の地図に、商人は残酷な人買い野郎どもの元締めの居場所を記してくれた。街の中央だったよ。


「こいつの屋敷の近くで、奴隷の売買は行われているわけだな」


「ええ。奴隷市場は、地下に開かれています。きっと、早朝に運び込まれた奴隷たちも、メダルド・ジーの屋敷とつながっていると噂される……地下の檻に入れられたのかもしれません」




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