第一話 『紺碧の底から来たりて』 その25
「早朝に『ルファード』にいたわけだ」
「え?……ええ。昨日から、あの港町にたどり着いているんです」
「宿を取って、荷物も置いている」
「はい。もちろん。それが……どうかいたしましたかな?」
「早朝のことを聞きたい。帝国兵どもは、奴隷を運び込んだと?」
「……そうです」
「海から?それとも、陸路だったか?」
「……海です。船で、運び込まれたようでした。早朝というか、夜明け前の頃に、少し騒がしさがありましたから……見物しようとしたのですがね、宿の親父に止めておけと言われました」
「宿の親父に感謝すべきだったかもしれん。恐ろしい『怪物』を見たかもしれないぞ」
奴隷……こと、商船から拉致した亜人種たちを連れて来た帝国兵のなかに、『怪物』になれる男がいたかもしれん。くだんの、タバコのにおいが体に染みついてしまっている男だとかね。
まあ、可能性に過ぎん。
『怪物』になれる者たちは、常に前線で運用されていることだって考えられる。
だが、宿屋の親父が口止めしてきたということは、ボーゾッドが地元住民に釘を刺しているということだろう。ヤツは自分たちの部隊を秘匿したがっているようだ。『怪物』という秘密を見られたくないからかもしれないし、もっと別の理由があるのかもしれん。
例えば?
出し抜きたい相手がいる場合だ。ライザ・ソナーズが選んでいたビジネス・パートナーであるリヒトホーフェン、その男を出し抜きたいと感じているのであれば……自分が開く奴隷市場の『大きさ』を粉飾するかもしれない。
実際の規模よりも大きく見せかけることで、存在感を得たいと企むかもな。ボーゾッドは、おそらく小物だ。政治的な判定が得意なお嬢さまに、選ばれなかった方の男。みじめなまでに虚勢を張るかもしれん。
悪い傾向ではないが……。
良い傾向でもない。
不安定な人物を、これから追い込んで行くことになる。さっさと、殺しておきたいところだよ。『何をするか分かったものじゃない』のも、小物の特徴だ。
「……奴隷市場の胴元は、あの港町にいるのかい?」
「……それは、分かりませんな。帝国貴族が牛耳っているはずですがね……お客さん」
「何かな?」
勘が良い男は、嫌いじゃないよ。下で口周りに生えたヒゲを舐めながら、悟ってしまった何かを商人は考えている。アタマのなかで、秤にかけた。好奇心のままに、訊くべきか。それとも多くの教訓話が告げているように、危うきに近づかない賢明さを頼るべきかを。
どちらにしても、彼に暴力が振るわれることはない。
視線が、右に左に動く。ガンダラをじっと見つめてから、彼はオレを見た。喉を鳴らして粘っこそうなつばを飲むと、太い首を揺らしながらうなずきを作る。何かを決めたらしいね。
「……もしかして。帝国人の、『敵』だったりするかな?」
「君も、帝国人とは不仲なんじゃないか?」
「え、ええ。その……私たちは……何とも複雑な支配者の交代劇が繰り返された土地に住んでいるわけですが……帝国は、明らかに『外部の敵』ですよ。商法に税金に……支配者が変わっても、この土地が伝えて来た掟じみたルールを、連中は踏みにじる……」
「そういう行為は、許しがたいよな」
「……ですね。もちろん……表立って、商売人が言うべきことじゃないんですが……」
「ならば、我々は『同じ側』に立つ者だ。少しばかり、『行動的』なのは……オレが背負っている鋼を見れば分かってもらえるだろうがね」
察しが良いこの商人は、伝えた以上のことを理解したはずだ。商いのために情報収集には余念がなかっただろうから、赤毛で隻眼の大男についても知っているかもしれない。
「……もしかして、貴方は…………」
「否定は、しないでおこう」
賢さを帯びた無言は続くが、商人は引きつった笑顔になった。彼は、うなずいてくれたよ。これだkら、察しが良い男は好きだね。
「瓶詰のフルーツよりも、情報をお求めのようですなあ、お客様は」
「そうだ。とっておきの情報を、持っているかい?」
「どういった情報を、お求めなのかにもよりますが……その、帝国兵の詰め所の位置だとかは、必要じゃありませんか?」
「欲しい、かもしれないぞ」
「なるほど。では……私が商いの仲間から譲り受けていたこの地図……『ルファード』の地図なんですがね……お譲りしましょう」
「いくらで?」
「……そう、ですねえ。瓶詰を買っていただいたので、これはサービスということにしておきましょう」
「君は商人なのに、タダで商品を渡してもいいのかな?」
「その地図の内容は、記憶していますので。それに、ですね。私に、この地図をくれたのは……巨人族の商人なのですよ。彼は、良い男でしたが……『オルテガ』が陥落したときに、大ケガを負わされました。それだけじゃなく……彼は、子供も一人、失ったんです。父親の手伝いを喜んでしていた、あんなに良い子を……だから、きっと貴方にこの地図を渡すのであれば、喜んでくれるはず」
「期待に、応えられるように動こうじゃないか。そのためにも、あの港町について可能な限りを教えてくれるとありがたいね。帝国兵の詰め所は、どのあたりにあるんだって?」
「ええ。全てを伝えましょう。ですが……その前に。赤い髪の毛は、隠された方が良いかもしれませんぞ。『プレイレス』にやって来られた赤毛の戦士に、帝国人どもは気を張っていますからな」
「安心しろ。魔術で変装もやれる」
手で髪をかき上げると、一瞬のうちに赤毛は黒髪に化けた。
「これは……っ。なるほど、さすがですな」
「君が知っている男とオレは、同一人物じゃないかもしれないが……誰かに誤解されるようなヘマはしないから、安心して情報を渡してくれないかな?」
「ええ。もちろんですとも。どんなことでも、お教えいたしましょう!」
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