第一話 『紺碧の底から来たりて』 その24


「どうも!お客さん、『ルファード』に行くんですね!」


「そうだ」


「あの港町は、意外と掘り出し物があるからね。『オルテガ』が帝国に取られてからは、夜逃げした連中のお宝が売り買いされる」


 戦場にはありがちだ。逃げ出した者が家財を売り払って生き抜くための金を作ることもあれば、占領者が勝手に売り払うこともある。そういった品が、あの港町『ルファード』にも流れ着いているらしい。


「いつものことだな」


「ああ、いつものことだよ。私も、そういった商品を求めて、ここまでやって来たんだ」


「おっちゃんは、何処から来たの?」


「んー。『オルテガ』の近くにある小さな町からだよ、バンダナが可愛いお嬢ちゃん」


 ミアはバンダナで猫耳を隠している。その変装だけでも、十分に人間族に化けられた。


 商人の男は愛らしいうちの妹と会話することを嫌っちゃいないが、物欲しげな顔でオレを見て来る。足元に並べている商品を買って欲しいのさ。


「どうだい、保存に向く瓶詰のフルーツたちだよ!」


「新鮮なフルーツを昨日、腹いっぱい食べたばかりなんだ」


「いやいや。たっぷりとシロップにつかったフルーツたちの方が、美味いよ!」


「甘味だけは、あるがね」


「そこが一番大事じゃないか!」


 そんなに単純なことでもないが、重要なポイントではある。


「料理にも合う!そして、保存に利くから旅にもちょうどいい!歩き疲れた脚に、この甘味は有効だよ!」


「いくらなの?」


「一瓶あたり、銀貨5枚!」


「高いよ。3枚」


 値切りにかかるミアだが、適正価格じゃある。


「瓶も再利用可能!頑丈な『オルテガ・ガラス』だからね!どんなに値引きしても4枚までだよ!」


 『オルテガ・ガラス』ときたか。迷宮都市ではガラス職人たちが多く住んでいるのかね。興味をくすぐられて、安っぽいシロップ漬けが入った瓶を手に取った。商人の顔面のゆるむこと。


「……厚みのある、青みがかった瓶だな。食欲をそそられる色じゃないが―――」


「―――頑丈なところが、『オルテガ・ガラス』の売りなんですよ!」


 さすがは商人。オレの興味がシロップ漬けよりも『オルテガ・ガラス』にあることを見抜いて来た。


「旅慣れた歩き方をする旦那には、頑丈で割れにくいガラス瓶は必要なんじゃないですか?ちょっと揺れたり、『オルテガ・ガラス』同士がぶつかったぐらいじゃ割れたりしませんからね!」


 日焼けした左右の手にそれぞれシロップ漬けの瓶を持ち、カツン!とぶつけ合わせた。作りの悪いガラスなら、日々が入ってもおかしくないが……この品は耐えやがったよ。


「いい作りのガラスなんだね」


「『オルテガ』は保存食が発展しているんだよ。昔から、各国の王侯貴族が取り合った土地だからね」


「城塞と籠城戦が発展した副産物か」


「そう。『オルテガ・ガラス』に入れた食料や薬品は、長持ちする。口のところにも工夫があるんだよ。欠けることない完璧な丸みが、最高の密閉を作る。夏を二つ越えても、中身は保たれるのさ!」


 環境が文化を作り上げる。『オルテガ』らしい発展というわけさ。興味深い文化と、その情報をくれた商人への礼がてら4つほど買うことにした。桃が入った瓶をね。


「毎度です!」


「こいつは、平たい桃か?」


「あれは、高い桃ですからね。違う桃ですが……いやいや!味は、負けてません!シロップの作り方も『オルテガ』の職人たちは一流ですからね!」


「保存食作りの達人たちということだな」


「ええ!彼らの死活問題でしたから、よく発展したんですよ!とにかく、平たくない桃でも美味しいから大丈夫です!」


 試しに、さっそく開けてみる。


 ミアがニコニコしながら近づいて来たからね、ナイフで果肉を刺して吊るして、あーん!と開いたお口に運んだ。パクっと食いついてくれたよ。


 嬉しそうに細めた瞳と、もぐもぐ動く妹のお口が本当に愛らしかったな。


「もぐもぐ……っ。うん……っ!ちょっと、ザラっとするタイプのシロップだけど、逆にそれが安っぽいカンジの果肉に、良いアクセントを与えている……もぐもぐ」


「及第点か」


「そんなカンジ!お値段通り!」


「適性価格での商いが、『オルテガ』周辺の商人の生きるコツですからね!」


「商人たちの結束は強いのかな?」


「おそらく、他の土地と同様に!」


「なるほど。で、『ルファード』の周りで勝手な行商をすると、しかられたりはしないのか?」


「……っ」


「安心しろ、オレは商人じゃない。商人たちの掟がどうであろうと、関係ないし、誰かに密告することもない」



「ははは。ありがとうございます……っ」


 青ざめた顔になっているな。オレに怯えているわけじゃない。『ルファード』の商いを牛耳っている者にこそ、怯えているんだよ。


「『ルファード』の商人は、そんなに恐ろしいのかい?」


「ま、まあ。人買いどもは、残酷ですからね。商人というものは、扱う商品に心が引き寄せられていくもので……彼らは、私みたいな小規模の商いをするような者とは、根本的に違いますよ」


「人買いか……亜人種の奴隷も、数多く運び込まれたか?」


「ええ。早朝に、港から入ったようです。最近、補充が多い……『モロー』からの出荷が消えたようですからなあ。あちこちで、奴隷が枯渇しているのでしょう」


 いい情報をくれた。瓶詰に払った銀貨以上の価値があるものさ。今日の我々には幸運がついているのかもしれない。




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