第一話 『紺碧の底から来たりて』 その19


『ほばりーんぐ……っ!』


 羽ばたきを使って空中に浮遊してくれるゼファー、商船に着地すると船体にダメージを与えてしまうことになるかもしれないからな。気遣いしてくれているんだよ。


『じゃあ、のってー!』


「私からだー!」


 元気の良い加速で風をまとったミアが、軽やかに甲板を踏み抜いて跳躍する。ゼファーの背中に飛び乗ると、身体をぺたんと前に倒して首の付け根に抱き着いた。


「よしよし!」


『あははは!くすぐったいー!』


 良いポジションにつけてくれているからね、褒めてあげているのさ。速度はないが波に揺られる船と潮風にあおられながら、最適な位置で飛び続けるという行いは難易度のあるものだが……この二週間ほどで中海の風を知り尽くしたおかげで、最適な羽ばたきを使えているんだよ。


 大きく成長させてくれているのさ。この中海での一連の仕事がね。


「お兄ちゃん!」


「おう!」


 ミアに続いてお兄ちゃんも竜騎士らしくジャンプする。青い海に浮かぶ竜の背に目掛けて、船を蹴って空の一部になるってのは、爽快な感覚を与えてくれるものだよ。空も海も青いからね。青に融けてしまえるのさ。あらゆるものから、『自由』になっているような一秒ちょっとの落下を竜騎士の本能は喜べる。


『『どーじぇ』が、らいどおーん!』


「ああ。ライド・オンだぜ!」


 ミアのすぐ後ろに座ったよ。両脚のあいだのいつもの定位置に、妹がやって来てくれた。アタマをナデナデしてあげたくなるが―――『狼』からヒトの姿に戻ったジャンと、続けざまに最重量の猟兵であるガンダラも飛んで来た。


 羽ばたく竜の巨体も、さすがに巨人族の重量を一時的な落下もなく受け止めることはやれなくてね。尻尾の先が海面に浸かってしまう。もちろん、そんな状態は一瞬でしかない。すぐさま羽ばたきは調整されて、一瞬の落下からの浮上は……加速のための滑空へとつながってくれた。


 なめらかな連携だよ。成長と……そして、模倣を感じさせる動きでもあった。ちゃんと、ルルーシロアの動きを覚えているのさ。自分の飛び方に真似すべき点は採り入れる、賢い判断が成されている。


 尻尾を上げて、風を翼で掌握しながら加速し、十分なスピードを得ると同時に空を翼で叩いて上昇の力を加える。船の周りを自在に飛び回るって行いは難しさがあるんだが、完璧にこなしてくれたぜ。


「気を付けて行って来るのだぞー!!」


『おっけー!『まーじぇ』たちもー、きーをつーけてー!!』


 商船の周りを旋回しながら『マージェ』にお出かけのあいさつをする。お互いに手を振ったよ。ゼファーは尻尾の動きでもあいさつしていたがね。


 ……朝焼けの終わりが始まる晴れた空のなかで、『行って来ます』のあいさつを帯びた旋回はゆったり終わったよ。


 眼帯越しに魔眼を抑えて、心をつなぐ。


 アタマのなかにある地図を共有するのさ。三つある奴隷市場で、最も近い場所を伝えていく……。


『……うんうん。あれだねー。あっちだねー』


 金色の双眸を開いて、魔眼の力ではるか彼方を仔竜の視線が探ってくれる。高さを確保する上昇の軌道と、『望遠』の力により、どんどん視界は広がっていった。丸みを帯びた海の果てに、ノコギリの歯のようにギザついた地形が見える。


 アタマのなかにある地図の情報では、あの右から二番目のくぼみあたりに港があった。奴隷の売り買いがされている、帝国の悪しき産業の場がある。


「計算高さもある敵だ。最短コースで拉致した乗組員たちを運ぶ可能性は十分に高い」


「そうですな。こうして、空から見下ろすと……期待したくなる距離感ではあります」


「あ、あそこに拉致された方々の全員がいれば、て、手っ取り早く救助できるんですね」


「うんうん。まあ、そこらは敵の行動次第だもん!考えるよりも先に、一気に行こう!」


『うん!まわりに、てきのふねはいないからー、いっきに、とびぬけちゃおう!』


 ……周辺に敵の船はいない。


 ということは……。


「さっきの『怪物』は、かなりの距離を泳げるのか……あるいは」


「地上部隊がフォローに当たっている可能性もありますな」


「逃亡と反乱防止のために『魔銀の首枷』をつけられている連中だ。戦闘中は外してもらえるだろうが……管理するための戦力も要る。イレギュラーな運用だ、ボーゾッドのヤツは散財しまくりだろうな」


「犠牲を伴う戦術は、しばらくすれば精神的には歪んでしまうものです。ボーゾッドという人物は、あまり良くない選択を重ねてしまっているようですな」


「さっさと『楽にしてあげよう』!」


「そ、そうですね。敵ですから。殺してしまいましょう」


「……優先順位は間違えないように。拉致された亜人種の救出が第一です。そして、敵が『怪物』をどうやって生み出したのかについても情報を集めたいところですな。予防のためにも」


「ああ。最悪の状況では、帝国軍にあの『怪物』を作る手法が出回るかもしれない。常識的に考えれば、そんな手段は淘汰されるだろうし、ボーゾッドが異端者扱いされて処分されるだろうが……世の中は、何が起きるか分からない」


 『怪物』作りの方法が、『非常に簡易』であったとき、その手法が流通してしまうことだって考えられた。それは、かなり厄介なものだし、非人道的過ぎる。オレはね、悪人であったとしても、あんな醜いバケモノにヒトがなってもいいとは思っちゃいない。


 ボーゾッドは、間違いなく歪んでいる。


 自分の利益のために、ヒトがしていい範囲を逸脱した行いを選んだ。それは、戦士としての職業倫理に反する行いだよ。


 広がる青い海を見下ろした。


 きっと、『懲罰部隊』の兵士どもは、ボーゾッドの命令で広範囲を動いていやがる。元々が悪人だとしても、同情の気持ちは消えない。戦士というものは、もっと堂々と戦って、ちゃんと死ぬべきだ。


 勇敢さを持ってはいる連中だからな、その態度も……オレは少し気に入っちまっている。だからといって、手加減することはないがね。


「……良い風だね、お兄ちゃん!」


「ああ。これなら、すぐに到着するだろう。今日も、最高の仕事をしようぜ」




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