第一話 『紺碧の底から来たりて』 その18


「拉致された乗組員たちの奪還と、ボーゾッド及び『懲罰部隊』の排除を兼ねて、この三つの奴隷市場に調査をしに行くとしよう」


「そうですな。ゼファーの機動力を活かして、敵を打撃できれば……状況を解決に導くことに直結します」


「ええ。それに、『迷宮都市オルテガ』を帝国の手から奪い取ることも、今後の戦略上、大きな目標ですから」


 帝国の商業的な主要ルートを破綻させる。それは、帝国との戦争において大きな意味を持っているからな。大陸南西部や南部への物資輸送が滞れば、そっちに派遣されている帝国軍の勢いも弱まるし、そうなれば弾圧されている勢力が盛り返すかもしれない。


 帝国軍は巨大だ。


 その移動もその維持にも、それなり以上の物資や費用というコストを喰らう。『迷宮都市オルテガ』を『自由同盟』が奪い取れたなら、戦わずして軍事的なダメージを与えることだって狙えるんだよ。もちろん、経済的なダメージもな。


 帝国の戦は、経済活動だ。


 金が儲かると考えていたから、帝国貴族や商人どもが投資してくれた。半年前までは完璧だった帝国の侵略戦争という『商売』の金回りは、どんどんと悪くなっていく最中だよ。


「……大きな勝利を狙える作戦となりそうですが、優先順位を違えずに」


「もちろん。間違えないぜ。優先するのは、拉致された亜人種の奪還だ。この作戦のメンバーには、ガンダラ。お前が副官として同行してくれ」


「了解しました。久しぶりに、前線で組みますな」


「嬉しいことだぜ」


 政治活動の副官として一緒に行動してくれてはいたが……やはり、そういう知的なお仕事なんかよりも、戦士として最前線に赴く方が、心は軽やかに弾んでくれるというものだ。ガンダラのカッコいいところを、たっぷりと拝ませてもらうとしよう!


「それでは、私は後方支援ということでしょうか?」


「ああ。ロロカじゃなければ、ライザ・ソナーズが残した資料から情報を見つけ出せないものもある。『商い』の面から、敵の情報を調べて欲しいんだよ」


「了解です。得意な分野ですので、お任せください」


 バックアップも大切だ。『十大大学』の教諭陣たちに適切な内容の手紙を出すことも、オレみたいなアホではやれないからな。ロロカ先生に任せた方がいい……。


「『オルテガ』を奪い取るためにも、『ストラウス商会』のユニコーン部隊の動きも重要になってくるし……今回の作戦でも、見つけ出した亜人種たちの『回収』を頼むことになるかもしれない。ユニコーン部隊の配置は、かなり難しくなると思うが……こっちも、ロロカに頼みたいぜ」


「はい。そちらも、お任せください。捕虜の救出は、『ディアロス族』の魂を熱く燃やしてくれる行いです。彼らも、この作戦に携われることは誇りですわ」


 頼りになり過ぎるヨメの微笑みを見たよ。『ストラウス商会』の輸送部隊の各隊長は、ロロカが幼いころから見知っている者たちだ。そのモチベーションの盛り上げ方も、指示の方法も、族長の娘であった彼女は知り尽くしている。


「一緒に最前線に行けないのは、さみしいですが。でも、作戦のバックアップも重要ですからね。こちらは、お任せください」


「ああ。おかげで、安心して出かけられるよ」


 視線を……リエルとカミラに向けると、口を開く前に頼りになるロロカ先生が告げてくれる。


「二人にも、こちらで待機……もとい、人命救助をしてもらいましょう」


「それが良いですな。作戦の状況次第では、後発部隊として出撃してもらう可能性もあります。三つの拠点を調べ尽くすまでには、時間がかかる……一つ目と二つ目を我々、三つ目は後続の部隊による調査という形も時間が短縮できます」


「運が良ければ、一つ目で手がかりどころか拉致された亜人種の全員を見つけられるが、そうならん場合もあるよな」


 ……そのためにも、一定の戦力を残しておいた方が良いってわけだよ。拉致された者たちが、あちこちに売り飛ばされるよりも早く、取り戻すためには工夫も要るかもしれない。幸運が、オレたちと彼らにあれば良いのだが、運という要素まではコントロールできん。


 何であれ、最良の作戦と信じられることに、可能な限りの戦力を分配するまでのことさ。


 物欲しげにこっちを見ている二人の猟兵に視線を向けたよ。目が元気よく見開かれて、猟兵らしく前線へ出られる喜びを伝えてくれる。


「ミア、ジャン。二人は、オレとガンダラと一緒に先行する部隊だ!」


「ラジャー!偵察全般、私にお任せだよーん!」


『ぼ、ボクも、全力で作戦をこなしますっ。て、敵や、拉致された方々を追跡できると思います。や、役に立ってみせますから!』


 二人とも、やる気は十分だぜ。嬉しくなるね。拉致された『仲間』を救助するための作戦に、それだけのやる気を見せてくれている。


「ソルジェよ、ハナシは聞き届けたぞ!行ってくるのだ!」


 森のエルフの秘薬が入った薬瓶から、注射器で薬液を抜き出しているヨメに背中を押される声をかけられる。そのとなりにいるカミラも、うなずいているよ。集中力は『闇』のコントロールの方に向いているが……それでいい。


「ああ。各々、すべきことをするとしよう。ロロカ、『竜鱗の鎧』は『ショーレ』にでも運んでもらっておいてくれ!装備を受け取っている時間を、作戦の消化に当てたい」


「了解しました。ムリはなさらないように」


「安心しろ。鎧が必要になる合戦は、すぐにはやれん。今は……人命救助とその調査のために動くとしよう」


 役割分担は完了だ。


 『怪物』からヒトの姿に戻ったあの男の死体に、近づく気配もない。『懲罰部隊』の連中は慎重さがあるようだし、それぞれが担当している範囲も広いのかもしれん。こいつらボーゾッドの『手足』が、海に広く分布してしまっているとすれば、全員を狩ることは難しい。『頭』を潰さなくてはならんということさ。


 ミーティングは、本当に大切なもんだよ。


 全員の知恵を一つに合わせて、より大きな価値のある行いを選び取れると来た。それでは、ゼファーに乗って移動を開始するとしよう。




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