第一話 『紺碧の底から来たりて』 その17


「ボーゾッドの行動方針は、何となく見えつつある。ヤツは、この土地で名を上げようと必死に動こうとしているようだ。その手段については、見境なく『何だってする』」


「危険人物ですね。早急に排除することが被害を抑えるためには肝心です。くだんの……『怪物』化の力、それを他の帝国軍人に渡してしまうことになっては、リスクが拡大します」


「ボーゾッドが独占しているうちに、解決しておきたいところだな……」


「はい。そして……『怪物』化の正体なのですが。ソルジェさん、『呪術師』としての意見は?」


「呪術だとは思う。呪術は、肉体の変化にも特化しているからな。だが、残念なことに『呪い追い/トラッカー』で捕捉できちゃいない」


「……呪術でない可能性も、あると思いますか?」


「……そう、だな。もしかすると、そういう可能性もあるのかもしれん」


「呪術じゃない可能性……って、どういうの?」


「『魔物が同化する』という方法があります。はるか南方には、獲物に対して取り付く、『寄生型の魔物』がいる……そういった報告を読んだことがあります」


『き、寄生型の……ま、魔物とか、いるんですねっ!?寄生虫って……お腹壊すだけじゃ、な、ないんですね……っ』


 南方は呪術と特殊な生物どもの宝庫だと聞いたこともあったが、さすがは学者のロロカ先生だぜ。視野がやっぱり広くて助かる。レヴェータと絡み過ぎたせいか、呪術師的なモノの考え方に染まり過ぎていた野蛮人のアタマのなかが、すっきりと晴れたよ。


「『ゴルゴホの蟲』のように、特別な能力を持つ寄生虫もいるわけだ」


 ボーゾッドと『帝国軍のスパイ』が関わりを持っているとは、思えないままだぜ。ボーゾッドがどうも情けない立場だということも見えて来た。ユアンダートの懐刀を気取る連中ならば、ボーゾッドじゃなくリヒトホーフェンの方に接触するだろう。


 軍功にがっついている男と組むことは、影に潜むことを主とする組織との相性も悪い。


 だが。


 中海を越えて、より南の文化と接触できる『オルテガ』周辺で『調査隊』なんて仕事をしていたら、『出会ってしまうこともあるのかもしれない』。未知の呪術だとか、謎の寄生虫だとかに……。


 自分や忠誠を誓ってくれる部下に、貴族の男がそういった方法を使うとは思えんが、『懲罰部隊』ならばハナシは別だろう。元々、使い捨てにしても良い悪人だという認識がある。


 どんな邪悪で、おぞましい方法だって試すかもしれない。


 『ゴルゴホの蟲』は巨大なバケモノに宿主を変貌させて、高度な戦闘能力を与えるという荒業だってやってのけたんだからな。


「ロロカ、レフォード大学とツイスト大学に連絡してみようぜ」


「はい。南方の文化をクレートン教授と、ステイシー学長に問い合わせてみましょう。魚の『怪物』に化けるような伝承でも見つけられたら、それが謎を解くための手掛かりにつながるかもしれません」


 インテリの知識量ほど頼りになるものも少ない。オレにとって未知の『怪物』でも、クレートン教授たちにとっては聞いたことのある物語に登場していたりするかもしれないってことさ。


 特殊でマニアックであればあるほど、学者は記録してくれていそうでもある。身体が醜い深海の魚になってしまう現象とか、聞けば大喜びして羊皮紙に詳述するんじゃないだろうかね。


「……なんか、見つかりそうな気がするね!敵の情報!」


「賢い人々に、情報集めも手伝ってもらうとしよう。後方で情報収集もしてもらいながら、オレたちは現地調査をすればいいんだ。効率の良い役割分担ってものさ」


 ロロカ先生は笑顔だよ。


 笑顔で、その地図を広げてオレたちに見せてくれる。


 『ボーゾッドの懲罰部隊』の動きを完全に読むことは、もちろんやれちゃいないがね。ほとんど確実な動きの一つは、とっくの昔に見つけているわけだよ。


 何かって?


 誘拐した亜人種を、奴隷として売り払いたがっているってことさ。商売をするには、宣伝も必要だ。道端でいきなり何でも売り買いするなんてコトは起きやしない。店が要る、市場が要る……『商品が売られていると、顧客に知られている場所』でなければ、商品を買い取ろうとする者は現れるはずがない。


「奴隷の取引を行っている市場だ。ボーゾッドは計画的で、多忙な人物。襲撃によって連れ去られた奴隷たちは、最短の市場に連行される。ボーゾッドは、自分が『下』に見ている者を容赦なく過小評価する。奴隷もそうだ。用心を欠く雑な行動で、さっさと現金にしたがる」


 あるいは。


 奴隷売買という『帝国貴族の特権』を行使したがる。


「リヒトホーフェンに負けている立場を、ちょっとは改善したいと願っているだろうからな。ライザ・ソナーズが消えてことで、市場に空いた穴……そこを狙っているのかもしれん。何であれ、ヤツは、拉致した亜人種たちを売り払おうとする。商船の積み荷を襲うこともなく、優先して奪っていった。商品にしか見えていないさ」


「そうでしょうな。金か政治力に反映されない行いを、大人はするものではない。腹立たしくもありますが、この帝国貴族には全ての亜人種が奴隷にしか見えていない……」


「……ええ。ですが、因果は応報です。その扱い方が、ボーゾッドを破滅させることになるのです。『モロー』から、届いていますよ。『奴隷市場』の場所が」


 広げられた地図には、その罪深い印が描かれていた。想像していた以上に、数は多い。あちこちで奴隷の売り買いがされている……腹が立つぜ。


 だが。とっくの昔に『候補』は限定されている。


 港がある場所でなくてはならない、襲撃された海域から近くなくてはならない……。


「ライザ・ソナーズにより『大型の契約』が成されていないという点も、加味しました。大量の奴隷が売買された直後では、その市場は機能しないとのことですから。それに、リヒトホーフェンを排除して、『格下の奴隷商人』と商談するには理由も要る。商品に飢えている顧客……奴隷を使う農園が近くにある、という視点も加えると……この三つの市場のいずれかに、拉致された亜人種たちは運び込まれているはずです」


 戦場は、合理的な悪意に編まれているものだが。


 商いも、全く似たようなところがある。


 外れてはいないさ。欲深で多忙で忙しいボーゾッドは、亜人種たちをこうして金に換えようとする。それを『正しい』と心の底から思い込んでいるからだよ。罰を受けるべき態度じゃあるから、罰を下しに行くとしよう。




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