第一話 『紺碧の底から来たりて』 その16


「ロロカ、何か思いついているの?」


 甲板をリズミカルに蹴って走り、ロロカ先生の大きな胸に飛びつきながら質問する。


「え、ええ。そんな顔、していましたか?」


「してた。自信満々の表情だったよー」


「頼りになるハナシだぜ」


「うふふ。そうですねー。お話の中に『モロー』から届けてもらった情報と一致する名前がありました。まあ、完全に一致したわけではないのですが」


『か、完全じゃない、ですか?』


「ええ。一部、ですね」


「とにかく。ロロカに話してもらいましょう。情報を整理したいところですからな」


 ガンダラの言葉にうなずいた。不完全にだが一致した名前というのも気になるし、何故、不完全な一致なのかも気になる。とにかく、どういう情報なのかを聞かせてもらわなければならん。


 『お話を聞きたいモード』のミアは、ロロカ先生のおっぱいから離れて、お兄ちゃんの近くにやって来る。


 小さく咳払いをしたあとで、最も賢い猟兵は語り始めた。


「ボーゾッドという名前の『伯爵』が、『迷宮都市オルテガ』周辺の奴隷貿易を支配しているという情報はありません」


「あれ?意外だね」


「ボーゾッドは毛色が悪い付き合いもする男だ。没落気味なのかもしれんな」


「そうかもしません。『モロー』の奴隷商人たちの帳簿を確認していただきました。報復を恐れてか少なからずの文書が燃やされてしまっていましたが……帝国貴族との取引を書き留めていた書類が回収されています」


 良くも悪くも大きな変化が『モロー』に訪れていたからな。『モロー』の元・奴隷商どもはかつてと違い町の中心の富豪ではなく、亜人種たちからの報復を受ける危険がある立場になってしまった。


 『自由同盟』という亜人種が主体な外国の軍も『プレイレス』にはいる以上、その振る舞いには気をつけなければならない点があるわけだ。かつての『悪事』の証拠を燃やしてしまいたいというのは、非常に分かりやすい行いでもある……。


 だが。


 世の中ってものは複雑だ。その情報が完全には破棄されなかったことが、オレたちにとって利することにもあるわけだよ。


「ライザ・ソナーズは、『誰』と取引していたんだい?」


「中海南東部および『迷宮都市オルテガ』周辺の奴隷売買を取り仕切っている帝国貴族は、『エールマン・リヒトホーフェン伯爵』です」


『ぼ、ボーゾッドじゃないんですね?』


「ええ。少なくとも、ライザ・ソナーズが掌握していた奴隷の取引の、南側では最大の相手がエールマン・リヒトホーフェン伯爵……ライザ・ソナーズが重要視するということは、事実上、『オルテガ』を掌握した帝国軍のトップではないかとも感じますね」


「彼女は、有能な政治屋じゃあったからな。『雑魚』とは組みたがらないだろう。だが、敵さんの『事実上のトップ』に過ぎない、という点は考えるべきところだな」


「はい。リヒトホーフェン以外にも、何名かの帝国貴族、そして、上級軍人も『オルテガ駐留軍』にはいる……」


「権力争いの真っ最中か」


「かもしれません。少なくとも、ライザ・ソナーズから相手にされていなかった貴族の一人が、ボーゾッドであるのかもしれません」


「毛色が悪いヤツだからな。大人物でもなさそうだ。ライザ・ソナーズには、見限られつつも……見苦しく藻掻きながら権力を奪い取ろうと必死な男なのかもな」


「可能性は、高いと思います。二番手以上の実力なのかもしれませんが、それだけに軍功に焦っている。奴隷の取引に参加できなかったことが、この商船から亜人種を拉致する動機となっているのかも?」


「今まで、仕事に入れてもらえてないからってことだね。何か、ダサい大人!」


「まったくだぜ」


「……それで、ロロカ。不完全ながら一致した、というのは?」


「『ボーゾッド伯爵』という肩書きを資料に発見することは叶いませんでしたが……彼の名前と一致する組織が見受けられます」


「組織?」


「『ボーゾッド調査隊』というチームに、数十名の亜人種奴隷が提供されていたようです」


「調査隊……って、何をするの?」


「名前からは、その活動内容までは読み解けません。しかし、これは推理になるのですが、『迷宮都市オルテガ』は複雑な構造をしています。何百年にも渡り、支配権を無数の国家が取り合って来ましたから。城塞は入り組み、複雑化してしまっている……その構造を、調べるためのチームとして、ボーゾッドは調査隊を組織したのかもしれません」


「ありえそうですな。『オルテガ』を精密に把握することが出来たならば、その防衛能力を強化することも可能となります」


『じゃ、じゃあ。ボーゾッドは、そういう仕事もしているかもしれないわけですね?……何だか、多忙な仕事というか……』


「多忙なことは、良い立場にあるとは言い難いですね。『割に合わない仕事』もさせられているのかもしれません。立場が、トップでないということは、そういう扱いを受けることもありますから」


 耳に痛くもあったね。貧乏暇なしってのは、本当なのさ。割りの良い仕事にありつけるヤツらは決まっている。それにありつけなくちゃ、安くて割に合わない仕事をたくさんこなすことになってしまう……。


 また少し、ボーゾッドという人物を把握できた気がするよ。努力の割りには、評価が低い男かもしれん。だからこそ、軍功に急くというのも分からなくはないがね。




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