第一話 『紺碧の底から来たりて』 その15


「生存者たちの証言と、団長の報告をまとめると……敵の襲撃は二段構え。まずは船で接近していくことで、商船に退避行動を強います。西風が多いこの時期の中海ですから……」


「西側を取るんだね!」


「そうです。商業用の航路は把握されていますからな。中海の南東部に近づこうとすれば、『懲罰部隊』の軍船による襲撃を受けもする」


『き、危険ですね。ち、近づかないってわけには?』


「中海南岸部との交易は、『プレイレス』商人たちにとっても生命線なのですよ。反・帝国の勢力の一員となった今、『自由同盟』領域以外との商いは途絶しかけている。彼らも、南岸との交易を失いたくはないのです」


『な、なるほど……生活がかかっているわけですね』


「商人たちの生活だけでなく、政治的・軍事的な理由もありますな」


「南岸の人々を孤立させるわけにはいかない」


「そういうことですな。彼らは、亜人種の勢力も多い。帝国軍からの攻撃対象になりかねません。『プレイレス』商人とのつながりを維持することで、食料や武器や情報を提供することも可能なのです。中海の南東部は、帝国が進軍して来る起点でもある。ここの守りを弱めることは、全ての反・帝国勢力にとって大きなリスクなのですよ」


『た、大切な場所なんですね。中海の南東部は……』


「帝国にとってもですな。『プレイレス』を通っての貿易が、帝国には出来なくなっています。『プレイレス』を回避するように、大きく南に遠回りして、『迷宮都市オルテガ』経由の陸路を帝国軍は奪い取りたがっています。しかし、可能ならば海路も奪い取りたいと考えている……今回の襲撃は、そういう願望の現れですな」


「……うん。ちょっと分かって来たよ、ガンダラちゃん!それで、具体的な動きは?」


「襲撃方法は、商船の風上に現れた敵船から逃亡するレースから始まり、しばらくすると、追いつかれて乗り込まれてしまった」


『こ、この中海に慣れている商船が、あっさりと?』


「からくりもあるわけですな。『いきなり船速が鈍った』とのことです。おそらく、船倉に穴を開けた『怪物』の仕業でしょう」


「穴を開けたから、遅くなっちゃったの?」


「いいや。別種の工作もしたんだろう」


「例えば?」


「複数の『怪物』が取り付いて、逆方向にでも泳ぐとかな。バカっぽい動きじゃあるが、おそらく商船の動きを鈍らせる程度のことはやれちまう。一時的にでも、動きが奪われてしまえば、追いつける。追いつけた方が、気楽な状況となるかもしれん。風上を取られた上で、一方的に射撃されるのは最悪だぞ」


「そっか。射撃の距離が、敵だけ伸びちゃう。敵が一方的に撃ちまくれるね……カタパルトとかバリスタを撃ち込まれちゃうかも!」


 折られた帆柱の一つを我々は見上げたよ。これも、そういった攻撃を浴びた結果だろう。


「一方的な間合いの不利を悟り、船長たちも決断したそうですな」


「自ら迎撃するために、敵船に近づいた」


「白兵戦を覚悟し、挑んだようですな。その結果は、惨敗」


 恐ろしい襲撃となったわけだ。『ボーゾッドの懲罰部隊』の戦士どもは、練度が高く残忍でもある。商船の護衛を圧倒してしまった。


「戦力で向こうが上だという自覚を、護衛たちもしていたようですな。しかし、それを考慮しても、あまりにも短時間での敗北であったと……」


「じゃあ、船倉からも敵の戦士が潜入して、戦いに参加したんだよ。混戦に乗じれば、アクティブな戦場でも暗殺をするのは簡単だもん!」


 『最強の暗殺者』でもあるミアの言葉は信じるべきだし、オレもガンダラもその発想にはうなずける。『怪物』の姿ではなかったとしても、有能な戦士が想定外の場所から攻めて来たとすれば、隊列は崩壊する。


 せまい船上での戦いは、『肉体の壁』を作ることが強さだ。戦士を並べて、敵の動きを止める。不敗の猛者を配置することが叶えば、そう簡単に制圧されることはないが……隊列を崩され貫かれてしまえば、またたく間に敗北することもあり得た。『暗殺者』という駒は、このせまい肉弾の戦場でも有効な選択というわけさ。


「襲撃の形式が見えて来ましたな。おそらく、これが『ボーゾッドの懲罰部隊』の襲撃方法です」


『た、対策は?』


「商船には、しばらく中海の南東に出向くなと伝えたいところですな。風上にいれば、おそらく『怪物』たちにしか追いつかれない。今後は、海中にいる影をクジラの仲間とは思わず、銛を打ち込むようになる」


 全ての商船の乗組員と共有できる基本的な対策としては、それぐらいのものだ。読まれた戦術というものは、その威力が半減させられるからね。たとえ戦士の質で負けていたとしても、こちらは死力を尽くして戦うことになる。粘り強く戦えれば、しのぎ切れる可能性は高くなる。


「有効な情報共有だ。『ショーレ』に伝えてくれ」


「了解しました。さっそく、『モロー』のラフォー・ドリューズ殿に伝書鳩を出すといたしましょう。あちらから、すみやかにこの情報を中海の商船乗りたちに伝えてもらえれば、十分な対策ですな。むろん、足りませんが」


『た、足りないんですか?』


「ああ。だが、問題はないぜ、ジャン。もっと、良い対策がある」


「私たちが『ボーゾッドの懲罰部隊』を、サクっと倒しちゃえば問題なし!」


 その方法を教えてくれるのは、ガンダラじゃない。


 今日のオレには、副官が二人いるんだよ。


 中海商人たちの伝書鳩はね、もう何匹もここにやって来てくれている。彼らはとっておきの情報を運んでくれていたんだよ。何かまでは、具体的には知らない。オレのアタマにそれほど期待してはいけないぜ。


 だが。


 バカでアホなガルーナの野蛮人でも知っていることがある。こっちの話を近くで聞いていたロロカ先生が笑顔でこっちを見ているってことはね、とっておきの策をすでに見つけているってことさ。

 



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