第一話 『紺碧の底から来たりて』 その14


「追い込まれちゃうかもしれないんだね、ボーゾッドは」


 想像力は味方とは限らない。上手く付き合えなければ、自分を破滅させる力にだってなってしまう。


「ボーゾッドの行いは、帝国貴族として大きなデメリットがありますからな。呪術そのものを皇帝であるユアンダートは認めていませんし、『懲罰部隊』だとしても、呪術でヒトをバケモノに変える行いは、ボーゾッド以外の多くの帝国人からして異常な行いです」


「周りから『邪悪な男』と認識されれば、地位を失いかねん」


「そうです。タイムリーなことに、『プレイレス』で皇太子レヴェータが禁じられた呪術を使い、大勢の帝国兵にも帝国市民にも損害を与えてしまったばかり。呪術を使うことは、帝国軍内ではセンシティブな行いでしょう」


「想像力が働けば、『危険な呪術を使う貴族』という点で、両者が結び付けられるかもしれないな」


「呪術しか共通点は無かったとしても、一般の帝国人はレヴェータとボーゾッドをつなげて考えるでしょう……まあ、実際に、何らかの関わりがあるのかもしれませんが?」


「それは、ないと思うよ」


「オレもだ。おそらく、両者につながりはない」


「私はレヴェータを知りませんが、報告にはありましたな。『情報を独り占めしたがる男』だと……」


「うん。あいつが信じていていたのは、自分とクロウ・ガートおじいちゃんっていう『師匠』のことだけだよ」


「他のヤツに大きな呪術を授けるとは思い難い。それに、『古王朝の祭祀呪術』とは印象が異なっているんだ」


『で、ですよね。さ、さっきの呪術は、弱いです。に、においも、『ふわふわしてる』って言いますか……?』


「ふむ。よく分かりませんな。ふわふわ、とは?」


『そ、その。本当に、そ、そんな感じなんですよう……っ』


 ガンダラに詰め寄られて困っているジャンに助け舟を出してやるとしよう。オレには、ジャンの感覚の全てを共有することは出来ないものの……少し、理解できるところもあるんだよ。同じ『呪い追い/トラッカー』の使い手としてね。


「揺らぐのさ」


「揺らぐ、ですか?」


『は、はい!そうですよね、だ、団長!ふわふわで、ゆらゆらですよね!?』


「ふわふわでー、ゆらゆらー」


 ミアが脱力しながら甲板の上で身体を揺らすように踊ってくれる。可愛い。お兄ちゃんは妹成分を補給しながらも、知的好奇心に満ちた視線を向けて来るガンダラに応えることにするよ。大切な仕事中だからね。


「そう。揺らいでる。『古王朝の祭祀呪術』は、感知することが難しいが、感じ取れさえすれば緻密で精確な構造だということが分かる……不動なまでの完成度があるんだよ」


『で、ですです!』


「それが、ボーゾッドの呪いにはないと?」


「強い呪術じゃあるんだろうが、完成度は粗い。見た目も、崩れていたし……死にかけるだけでもヒトの姿に戻った……呪いに、『生け贄』が融け切ってないような印象だ。つまりは、雑だってことさ」


「レヴェータたちの『祭祀呪術』とは、比べられないほどに稚拙だということですな」


「現状での印象だが、そうなる。おそらく、外れはしないだろう。これは、『古王朝の祭祀呪術』ではない」


 レヴェータやクロウ・ガート並みの呪術師が帝国側に無数にいてもらっても困るが、ボーゾッドに関しては最高の呪術の使い手というわけではない……気がするね。


「レヴェータのクソ野郎は、あれでも一応は皇太子だ。『懲罰部隊』に関わりがあるような帝国貴族とは、さすがに接点もなさそうだ。この帝国貴族が、よほどの名のある呪術師でもなければ別だが……この雑な呪術を見ても、レヴェータは惹かれんだろう」


「なるほど。ならば、敵は……この呪術をどこから仕入れたのか……」


「本人ではない。長らくのお抱え呪術師の仕業というわけでも、ないだろう。この呪術を使った襲撃は、自信と実力は感じるものの……それにしては、想定外に対しての想像が乏しい。失敗した回数がない戦術だ。そういうものは、『使い始めて期間が短い』……『怪物』にする呪術とボーゾッドが出会ったのは、最近だ」


「……了解しました。貴重なご意見ありがとうございます、団長。しかし、これ以上は、推理が幅を利かせ過ぎてしまいそうですな」


「ああ。想像の余地もない小さな真実も、欲しいところだ」


 知識と経験と、感覚……そういうもので、かなりボーゾッドに迫れもするだろうが、これはあくまでも推理だった。当然、使い過ぎれば間違いも起き得る力さ。


 想像力は、より良く使うべきだから……ガンダラの得た情報も共有するべきなんだよ。


「負傷者たちから得た証言をもとに、襲撃の方法を私が再現しました。それを、今からお教えいたします」


「頼むぜ」


 船内の襲撃のスタイルとも照らし合わせながら、より多くの真実を獲る。この商船がどういう形で襲われたのかが分かれば、想像力をぶつけるべき敵の傾向というものも掘り出せるかもしれん。


 戦術とは、とくに……『攻撃』の戦術とは、理性的で知性的な悪意だ。


 指揮官の思想や性格を、強く反映して成されていく。だからこそ、読めるほどの純度になっしてまうんだよ。例外もあるかもしれないが、あったとしても例外だ。少なくとも、複数回の使用を考えている高度な完成度を持つ戦術に、行き当たりばったりの考えを使う敵とは出会ったことがない。




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