第一話 『紺碧の底から来たりて』 その13


 情報を共有していく。朝陽に照らされる洋上をゼファーに見張らせながら……救助のために他の船も多く寄って来てくれている。『ショーレ』を始め、商人たちの船も多いが、漁船も多い。中海に生きる者たちの結束を感じさせてくれる行いだな……。


「ボーゾッド伯爵という人物は、間違いを犯しているようですな」


「いくつかの重大な間違いをな」


「ええ。信頼していない部下を使う……彼からすれば、道具として消費したつもりなのでしょうが。不思議なものですね」


「不思議?」


「ヒトは、一定の『純度』を越えるとおかしな価値観と一体化してしまう。道具として管理していけば、ヒトが使いこなせるとでも思うのか」


 元・奴隷として戦争の道具として使われ続けた半生を持つガンダラからすれば、ボーゾッドのやり口は間違いだらけのようだ。


「何をニヤリと笑っておられるのですかな」


「同じ意見だからさ。分かっているだろ、ガンダラ」


「……ええ。そういうところは、貴方の良さだと思いますので、お忘れなく」


「おう」


「……脱線しましたな」


「ガンダラちゃん。一定の『純度』って、なーに?」


「独善的な正義に関してですよ」


「んー……」


 難しそうな言葉が出て来たから、ミアは夏のおひさまが視界に入りかけてしまったときのように目を細めてしまう。賢いガンダラは、ちゃんと対処方法を知っていた。


「ボーウッドは、悪人を軽んじる意識を持っています」


「うん。でも、悪人は、ダメだしクズだから。ちょっと……」


「正しくもありますな」


「……うん。正しいところもあると思う。悪人を甘やかすのは、どうかなって思うの」


「それは確かに正しいものですが、ボーウッドの価値観は、いささか『純度』が高すぎる。つまり……例外を許せないほどに、自分の価値観が純粋で絶対だと信じ込んでしまっているのですな」


「そっか。そうかも。手下が、お兄ちゃんに情報を『吐ける』なんて、思っていなかったんじゃないかな」


『ま、『魔銀の首枷』をつけられてもいましたからね。し、死ぬことになっても、裏切れるようなヤツじゃないって……信じ込んでいたんだ』


「悪人は絶対に自分の思い通りに動く、とでも過剰な理解をしていたわけです。これは、『純度』が高い独善ですよ。可能性を認めない偏屈さを持っていますが、間違いなく純粋でもあるのです。まじりっ気のない、価値観ではありますからな」


「……でも、良いモノじゃないよね。何がかは、分からないけど。悪人どもはダメでクズだけど、それを使って……こんなひどいことをさせてるんだから。とんでもなく、間違ってもいる」


 正しい者が作らせることのない光景がそこにはあった。甲板は血の海だ。回収されてはいるが、死体を吊るしてもいた。無数の亜人種を己の利益のために拉致したことだって、正しいはずがない。


 そう。


 少なくとも、オレたち『パンジャール猟兵団』や『自由同盟』の正義においては、そうだったが……。


「あらゆる正義は、確かに歪んではいるものです。自分にとっての最良が、全ての人々の正しさとは限りません。ボーゾッドも、独自の正義という歪んだ価値観を崇拝している人物ではあるのでしょうな」


『こ、これが正義ってことは……ボーゾッドには、ま、間違っているって認識はないってことですか?』


「ええ。悪人を使い、帝国の法が禁止しているはずの呪術を使う……悪への悪なら、許されるとでも独自の解釈をしているのですよ。ボーゾッドは、『懲罰部隊』を長くは運用しないかもしれませんな」


「お前もそう思うか?」


「愛想良く、笑ったりしない感情表現の乏しい顔をしていますがね、その通りです。手早く、『懲罰部隊』を追跡して、ボーゾッドの拠点を特定した方がいい。『懲罰部隊』を、自分の汚点やリスクであると認識できるのは、順調さがあるときだけです」


「順調じゃ、なくなってしまうな」


 愛想良く笑ったりしないクールなはずのオトナな男もね、少しだけ唇を感情的に歪めさせていたぜ。


「その通り。私たちが、この事案に介入するからです。あちらは、この襲撃を一種の『囮』として使っているつもりでしょうが、こちら側の被害が拡大するよりも先に、あちらの被害が出始める」


「一人、倒したもんねー」


「見張りが死んだ。戻らなければ、そう判断するでしょう。そして、想像力はまた違った可能性をようやく使えるようになります」


「『死んだのではなく、逃げたのではないか』……だな」


「ええ。おかしなものなのですよ。奴隷を使っている支配者は、自己の行いをいつ何時でも正当化し続けていき、やがて『自分が奴隷を使うことこそが自然で正しい行いなのだ』と本気で信じてしまう」


「……そういうのが、一定を越えちゃった、『純度』なんだね?」


「そうです。その『純度』を使うほど、ますます自分は正しいと思うようになっていくのです。ですが、例外との遭遇が全てを揺るがしますからな」


「……『自分の意志で支配から逃げたかもしれない』って、考えるんだ。そうだよね、ママもそうだ……ガンダラちゃんもだ。誰かの道具であり続けるなんて、ヒトはいつまでも受け入れられるものじゃない!」


「『逃亡奴隷』という存在を、奴隷の主たちが嫌うのは、己が正義だと信じ込んでいる歪みを見せつけられるからですな。逃げることは、否定です。自分の正義を否定されることは、誰だって辛いもので、そういう現象に遭遇した者は、大きなストレスに苛まれる。行動を、変えるかもしれません。『全ての証拠』ごと、自身とのつながりを断ち切ろうとする可能性だってありますな」




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