第一話 『紺碧の底から来たりて』 その12


『な、なんだか、ボーゾッドという男は、と、とんでもない極悪人のようですね。悪人たちを利用し尽くそうとするなんて?』


「道具として罪人を使うことに長けていたのかもしれない。習慣的な、手癖かもしれん」


『しゅ、習慣的な手癖?』


「うん。職業として悪人と接触することがあったのかもってことだよ。そいつは少なくともコイツを完全に操っているもんね。信用し合っていない間柄なのに、命まで捨てさせるような作戦を実行させた」


「犯罪者の心理に詳しいからこその行いとも言える。貴族は、領地内での犯罪を取り締まることだってあるものだ」


 犯罪者を多く知ることで、それだけ多くの失望を得られもする。より見下せるということさ。ヒトは尊敬を抱けているものを軽蔑できん。その逆ならば、どこまでも残酷に使い潰せた。たとえ、感情が理解出来てしまうほど近くにいたとしても。


「すぐに、その面を拝むことになるだろう。名前を、オレたちに知られてしまっているんだからな」


 ……犯罪者に詳しく、亜人種の奴隷貿易をしている。その実働部隊は『懲罰部隊』。部下ではなく使い捨ての手下として、犯罪者どもを消費したがっている……。


「目的を達成すれば、『懲罰部隊』の全員を処分してしまうかもしれないな」


「それも、メリットだもんね。嫌いな考え方だけど、使い捨てにしても、世の中が怒らない」


『だ、だから。こんな特殊な呪術を使った……す、少し、可哀そうな気もします』


「まあ、元から悪人だからねー」


 猟兵の職業倫理からすれば、犯罪者への同情はすべきじゃない。それも正しい考え方だったよ。


「ボーゾッドの目的は亜人種の奴隷を獲ること、戦術として、『怪物』を使っていることもオレたちにバレた。あとは……『怪物』が具体的に、この襲撃とどんな風に組み合わさっていたのかを……負傷者たちの証言で紐解いてやろうじゃないか」


 敵の戦術のデザインを解明し、共有することは素晴らしい備えとなる。何故なら、ボーゾッドの『懲罰部隊』は、これを繰り返そうとはするからだ。一早く、中海の商人たちが情報を共有できれば、予防として効果的ではある。


 ……同時に。


 オレたちが、より敵を知るためにも適しているのは言うまでもない。敵の動きを多く理解できれば、戦術的な有利を得られる。『懲罰部隊』とその支配者であるボーゾッドのあいだには、巧みな利用の力学があったとしても、本物の忠誠心はないことは、もうバレている。


 知るべきだよ。


 敵の行動から、それを選択した思想を。


 ……『怪物』から罪人の姿へと戻った死者を船倉に放置したまま、オレたちは商船の甲板へと戻る。ああ、この放置も……一つの探りじゃある。こいつをの死体を回収してくれるのであれば、『たばこのにおいの怪物』をも仕留めるチャンスになるのだが……。


 まあ、そこまで都合よく何でも願いが叶うように世の中というものは出来ちゃいないものだがね。ゼファーと連動して、見張らせている。この商船の近くに、何者かが近づけば、すぐにゼファーに発見されてしまうのさ。


 竜の魔眼の力をもってすれば、多少の厚さの波に隠れたところで無意味だよ。


 ……甲板に戻れば、死者と幸運にも救われた者たちが視界に入る。カミラの『吸血鬼』としての力は、今日も多くの者を死の定めに囚われることから救っていたし、リエルの作ってくれた森のエルフの秘薬の力もそうだ。


 最良の対策をやれはしたのさ。全員は救えなかったとしても、十分にヒトが成し遂げられる限界近くの対処をした。猟兵たちだけでなく、この悲劇の場に駆けつけてくれた医療スタッフたちも一心不乱にベストを尽くせた。我々の全員が、職業の果たすべきことは成し遂げたのだ。達成感はそこに満ちている。


 労いのために演説でもしたくなったが、それを遮る生産的な知性がいてくれた。


「団長、船の底で、一戦やらかしたのですかな?」


 賢い副官一号の言葉に、うなずかなかった赤毛アタマは少ない。


「『ちゃんと目立っていた』か」


「ええ。『目立たせていました』からな。私たち以外にも、伝わっていれば良いのですが」


 空中を旋回しながら警戒し続けてくれているゼファーを見上げる巨人族は、相変わらずオレの考えぐらいは見ていなくてもお見通しというわけさ。


「さすがは、オレの副官だよ」


「ええ。なかなか、ユニークな手法でしたな。『殺気』を、広げる……負傷者たちの呼吸まで、変えてしまうほどに強く広かった……」


「面白い技巧だろう。今度、ガンダラにもやり方を教えてやるぜ」


「使いどころというか、使う相手が限られそうな技巧ですがね。覚えておいても、損にはなりませんな」


「『気配』の知覚と、『殺気』のコントロールは、まだまだ極めると伸びそうな気がしているんでね。賢いお前のアドバイスも欲しいのさ」


「善処いたしましょう。しかし、今は……」


「ああ。情報を共有し合うべき時間だな」


 オレたちは船倉での出来事を、ガンダラは……生存者から得た情報がある。それを組み合わせれば、より敵の行動が把握できるはずなのだ。だから……。


「オレの報告から聞いてくれ。敵側の行動方針と目的……首謀者の名前も聞き出せた。これに合う情報を、お前は継ぎ足して欲しい。厚みが欲しいのさ、敵から得た証言に」


「ええ。構いませんよ。どうやら、実りある時間を過ごせたようですな」


「そうだ。お互いの情報を合わせて、さらに有意義なものにしようぜ」




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