第一話 『紺碧の底から来たりて』 その10


 呪術を使い、肉体を変える。ユアンダートは嫌う能力だ。少なくとも、表立っての評価では。とはいえ、呪術は有効な道具ではある。一応、『呪術師』でもあるオレからすれば、それについては否定できん。健全な呪術ではないものも、いくつかあるがね。


 今、オレとジャンの目の前にいるヒトと深海魚の融け合ったような姿をした呪いの産物については、健全なものとは呼べないが『有効な戦力』ではあった。


 事実上、『人魚』のような戦術がやれるのだからな。まあ、その言い方をレイチェルに聞かれると激怒してしまうだろうが……『人魚』ではない。レイチェルの強さには遠く及びはしないが……それでも、海中を自在に動ける戦士そのものは貴重だ。


「『懲罰部隊』で、帝国貴族に言いように使われている。そんなみじめな人生を歩んでいる貴様に、『復讐の機会』を与えてやれるぞ」


『……アンタを殺せるのかい?』


『く、口に気をつけろ。ボクは、お前を一瞬でバラバラに出来るんだからっ』


 ジャンに庇われた。嬉しくなるね。


 『怪物』は魚のように歪んだ顔面を苦笑で揺らす。


『しゃべる犬まで手下にいるのか、貴族はそういう手下を集めたがっているのかい?』


「ジャンは『狼男』だ。人間族の青年だよ、こう見えてもな」


『……人間族ね』


「貴様と同じだ」


『……呪いで、歪む。どいつもこいつも、おかしなことを思いつきやがるもんだ』


「腹立たしいことだろう。ならば、『復讐』してはどうだ?」


『……アンタじゃなく……』


「『仲間』のことを吐けとまでは、言わん。貴様ら『懲罰部隊』は練度が高い。性格も手癖も悪い連中で構成されているはずなのに、だ。互いへの忠誠を持っているな」


『同情してくれるのは、同じ立場の者だけだ。このクソみたいな日々の苦しみを、分かち合える友人ってのは、貴重なんだよ』


「それについては、尊重してやる。だが、貴様らに呪術をかけた帝国貴族のことなんて、大嫌いだろう?……貴族ならば、誰しもを嫌うぐらいには」


『……当然だ。どいつもこいつも、搾取しやがる。奪い続けているくせに、オレたちが、ちょっと必要なだけを奪おうとすれば……罪だと糾弾するんだ』


 犯罪者の言い分だからね。全てを鵜呑みにすることは出来ん。この男も都合よ歪めた自己評価をしているのかもしれない。馬泥棒以外にどんな悪事をしていることか、その罪科の重さは『怪物』というおぞましい姿にされる罰に見合うものかもしれない。


 そうであったとしても、この男は『仲間』想いではある。そして、貴族が嫌いなんだ。


「その帝国貴族の名前を言え。そうすれば、貴様の『仲間』よりも、そいつから優先して殺してやれるぞ。言わなければ、貴様の『仲間』から殺すことを企画せねばならん」


『……裏切れと?』


「裏切ることは、真実を示すことでもある。『仲間』のためなら、『油断していそうな怖い敵』にでも突撃できる男だろ。貴様の人生がどんなクソみたいなものだったかは知ったことではないし、評価もしれやれん。だがね、『仲間』のためにオレへと挑んだ勇敢さだけは素晴らしいものだ」


『……敵を、褒めるのかよ』


「褒めるに値する行為を、見せたのだからな」


『……失敗したぜ。罠だった。誘い込まれていたのに……まんまと、引っかかっちまった。間抜けなハナシだ……そのせいで……死んじまうんだぜ……』


「自分を殺せるような敵に挑んだ。戦士としては、それ以上にない行いとも言える」


『……オレは、戦士じゃない……単なる…………』


「犯罪者のまま、死ぬのもいい。どんな選択をしても、貴様はもう十分な仕事をしてはいる。しかし、選択肢があるぞ。人生の最期に、誰へ復讐をして、誰を守るのか。オレとジャンに、貴様らの戦術は見破られている。このままでは、貴様の『仲間』から殺して行くことになるぞ。彼らを、救える方法は……この状況を操っている帝国貴族の情報を吐くことだ」


 犠牲者をより少なくしたい。この『懲罰部隊』の戦力は高い。猟兵は負けないが、猟兵でない者たちは多くの被害を与えられかねん。可能ならば、より効率的に敵を潰してやりたいところだ。


 出血が進み、青ざめて虚ろになりつつある顔へ、重ねて問いかけた。


「『仲間』をオレに殺されたくないだろう。その想いを、このまま死なせるのか?……それとも、復讐のために命を使ってみるか?」


『……オレたちは、逆らえないようにされているんだぜ』


「知っている。この左眼には、見えているぞ。『魔銀の首枷』を、はめられている。特殊な呪いで縛っているな。『貴族の名前を明かせば死ぬ』わけだ」


『何でも、当てやがる』


「ヒトがしたいことや、して欲しくないことはシンプルなものだ。とくに、戦いの場においては」


『話せば死ぬって、知ってて……訊くのかよ?』


「死ぬのは怖いだろう。だが、『仲間』のために死ぬ覚悟は、もう一度やった」


『……奇襲で、勝つ気だっただけ』


「違うな。勝てるとは踏んでいただろうが、迷ってもいたはず。オレは『どんなに弱い気配を放って誘ったところで』……強さを消し切れん。海のなかで、感じてもいた。オレは強い。返り討ちに遭うかもしれんと……それでも、自分の意志で選択した。それについては褒めてやれる」


 どんどん、血は流れていき……。


 『怪物』から一人の青年に姿は戻っていた。


 止まりそうな心臓が、おかしな脈を打ち始めている。


 苦しいだろうし、辛いだろう。


「もうすぐ貴様は死ぬ。人生の最期に、誇れる良いことをしてみせろ。オレと貴様の正義は違うが、共通の敵を持つ。選べ、自分の命の使い方を。それだけは、自由だ」


 しばらくの荒々しい呼吸の後で、青年は口にする。


「……『ボーゾッド伯爵』……知っているのは、それだけだ」


 呪いが、その言葉に反応して、青年の首をへし折るために魔銀の首枷が動く。礼の一つをくれてやるよ。竜太刀の斬撃で、首枷を斬り、呪いを消し去った。


「……これで、ボーゾッドとやらに殺されずに済んだぞ。オレの名は、ソルジェ・ストラウス。『仲間』のために命を張った敵の戦士に、死を与えた男だ」


「…………オレは………………」


 名前を聞けはしなかったが、ちょっとだけ微笑んでいたよ。悪い気分でも、なかったんだろう。




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