第一話 『紺碧の底から来たりて』 その9


 ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!


 グロテスクな『怪物』の胴を斬る。まるで、鎧のように硬い皮膚であり、筋肉も分厚く岩のようだった。だが、岩であったとしても、竜太刀の斬って裂けないわけではない。しっかりと、深くまで断っている。


 ヒトであれば即死の深さだが、『怪物』の生命力はかなりのものだ。死んじゃいない。そして、海へと逃げようともがくが―――そこまでは許されない。ヒトの姿からはかなり歪んでいるがね、それでも解剖学的な常識からは逃れられない。胸元近くの筋肉をここまで大きく斬られれば、腕を押し出すための力は組めんのだ。


 とくに、ヒトの動きを大いに残しているこの『怪物』の場合はね。


 正体こそ分からんが、少しずつ事実を拾い集められている。言葉もしゃべっていたし、聞き耳も立てていた。極めて知的な人物とまでは言わないが、熟練の戦士じゃある。


 油断すべき相手ではないということさ。


 醜い『怪物』の肌に、棘が動く。ナイフの長さほどありそうな鋭く太い棘が、痙攣しながら撃ち出されていた。飛び道具まで、その身に持っているということさ。興味深いものだが、喰らってやれるほど速さと早さが足りない。


 竜太刀で叩き、射出された棘を空中で破壊する。


『この、近距離で……ッ!?』


「あきらめろ。抵抗は無意味だぞ」


『……っ!!』


 痛むはずの巨体を釣り上げられたばかりの魚みたいに動かして、自分の身で貫き開けて船壁の穴から逃げようともがく。


「ジャン!!」


『はいッッッ!!!』


 逃してやるつもりはない。言葉が話せるのならば、捕虜にして尋問してやりたい相手だからな。『狼』の牙が『怪物』の腹に噛みついて、そのまま穴の向こう側から全身を引きずり出す。


『う、おおおお!!?』


 それは、深い海の底からときおり釣り上げられる不気味な大魚に似ていた。『人魚』という種族が持つ完璧な美しさとは全く異なっていてね、太くて歪んでいて丸っこい。女性が嫌悪しそうな不気味な形状の怪魚に、ヒトの身のシルエットが重なったような……。


 まあ、『怪物』と呼びたくなる程度の見た目をしていたよ。


 ジャンの怪力に引きずり出されたそいつは、茶葉の袋が大量に詰められた木箱の一つに叩きつけられる。木箱が割れて、ヤツの巨体も衝撃に跳ねて、すぐに床へと落ちた。微動だにしない。死んだように動かないが、それほど弱い生き物とは思わん。


「間合いを取れ、ジャン。何かしら抵抗する手段を持っているかもしれん」


『い、イエス・サー!!』


『…………そんなに過大評価してもらっては、困る』


 落ち着いてはいるが、まだ若さを持つ声で『怪物』は答えた。


「死にかけてはいるだろうが、死んでいなければ何をするか分かったものじゃない。よく訓練された戦士とは、そういうものだ」


『よく訓練された戦士、ね……』


「当たっているだろう。さっき、盗み聞きした会話の幾つかも、正解のはず。だから、貴様は釣れたんだ。オレを無視することで、貴様ら全員が危険に晒されると判断したからこそ、挑んだ」


『……ビッグネームらしいからね、褒美欲しさに、欲を出しただけ』


「違うな。戦士としての矜持が、それをさせた。『仲間』想いらしい」


『……知った風な口を……』


「ジャン。こいつから、たばこのにおいはするか?」


『……っ』


『……い、いえ。違いますね。ほんのわずかしか、してません。ち、近くに、たばこを吸っていたヤツがいたんですよ』


「つまり、貴様以外にも『その姿』になれる者がいるわけだ。兄弟か?」


『……違う。オレ以外に、コレになれる者はいない』


「嘘をつくな。楽に死ねなくなるぞ」


『……拷問で情報を吐かせる気か?さぞや、お前の望みの通りの言葉が聞けるだろうよ。真実からは遠いものだろうがね』


「慣れているのか、拷問を受けることに」


『……うるさい』


「名誉も利益も与えられない、貴族の手下として消費される『懲罰部隊』。貴様らは、そういう立場か」


『……話したくはない』


「話さなくても、事実は明らかになるものだぞ。貴様は、死にかけているせいで、『その姿』ではいられなくなりつつあるらしい」


『……くっ』


 右腕と右脚が、ヒトのそれに近づきつつある。『怪物』の形に歪んでしまっていた姿は、ヒトの若者のそれに戻りつつあるのだ。


「右の足首には、拘束された傷跡。足かせをつけられていた。右手の甲には……裏返してもムダだぞ。もう、見てしまった。馬泥棒を働いたか」


『……もっと、クールなことをしたんだよ。軍の馬を、何頭か盗んで金にした』


「大罪だな。それが、『懲罰部隊』に行く理由で……今、こんな奇妙な任務に就かされている理由か。『怪物』になってまで、罪を償わされている……どうにも、余罪が多そうだ」


『……当然、あるさ。悪いことは、多くしている。貧しい生まれでね。アンタみたいな貴族どもに言いように使われて……いつも貧しかったんだ。出世のチャンスも、けっきょく下っ端には回っちゃ来ない。犯罪でもしなければ、わざわざ軍に志願したメリットがない』


「褒められん考え方じゃあるな。泥棒の論法は」


『……うるせえよ。どうせ、そうだ……『懲罰部隊』に流れ着くようなヤツなんだ。他人様に誇れるような人生を送っていたりしねえ』


「意外と素直じゃないか」


『……なに?』


「自分で『懲罰部隊』と認めてくれた。おかげで、予想が外れちゃいないことが分かった」


『……当てずっぽうかよ』


「確証は、貴様がくれた。おかげで、今度の対策もしやすくなる。罰として、おぞましい呪いを身に受けさせられた犯罪者たちがいる。それが、この海でオレたちが倒すべき新しい敵だ」




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