第一話 『紺碧の底から来たりて』 その8


 ……レッスンで得た技巧を使うときかもしれん。ロバートが教えてくれたことさ。『気配』のコントロール。肩を張り、あごを少し尊大な角度に上げる。ついでに、船倉の壁に背中を当てるのさ。尊大なペースで、ゆっくりと歩いて。


 ジャンが、教えてくれる。する必要もない委縮を、何故かしていた。『より威圧的な態度』というものを、今のオレはやれているし……それなればこそ、『気配』も大きくなっているからだ。


「レイチェルと一緒に、海へ潜ったことがある。だから、知っていることもあるんだよ。海水というものは、意外なほど遠くまで音を伝えてくれもする」


『じゃ、じゃあ。そ、その……外にいたら、そこは危ないんじゃないでしょうか?』


 心配というよりも、疑問が強いようだ。オレがしている行動の理由に気づいてくれていない。いいことさ。『ジャンに気づかせたいわけじゃない』。伝えたいのは、外にいるかもしれない敵だからな。


「大丈夫さ。ここの壁は壊れちゃいないからね」


『……え』


「……気にするなということだ」


『は、はい!』


 油断した『獲物』を演じたい。もしも、期待した通りに敵が海中にいるのならば……して欲しい行為があるからね。罠というのは、賢さを狙うべきだ。愚かさにかける罠など、戦場には不向きだ。


 あとは、狙うべき価値を上げてやろう。リスクを背負ってでもやりたくなるエサがないと、食いついてくることはない。


「タバコのにおいは追跡できる。銘柄が分かれば、流通を追いかけるだけでも、どこのどういうヤツなのか把握できるぜ。嗜好品だ。常日頃から、愛用する品というものがある。オレたちが得た情報から、この襲撃者についてはより多くのことが分かるんだ」


『で、ですよね』


「手がかりは、一つでもいい。そこから、きっちりと追跡し上げて……この襲撃をした者たちを必ず全滅させる。どんな手段を、用いても構わん。こいつらは代償を支払うべきだ。『プレイレス奪還軍』の総大将と『自由同盟』の主要な幹部の一人である、このソルジェ・ストラウスさまを敵に回したのだからな!!」


 船底の板を踏みつけた。


 この音は深い海にも届くだろう。


 尊大な態度と、『金になりそうな首』だということも伝えてやったぞ。


 ……この襲撃を実行した連中の多くは、短慮であり残虐である。しかし、練度が高い。どういう経緯で編纂されたのかは分からないが、少なくとも一人は『人魚じみた行動が取れる人物』だ。


「帝国軍の正規部隊というわけではない。しかし、『帝国軍のスパイ』とは異なる気配を持つ。後ろ盾の弱さがある連中だ」


 断言する。


 違う可能性はあるけれど、こちらの方が有効だと感じるからだ。


「正規部隊ではなく、名誉から切り離された特殊な戦術を用い……しかも、後ろ盾が虚弱となれば……いかにも不利な条件が続いている」


『そ、そうですね。最前線の戦いを、こ、この襲撃者たちはしているはずですけど。何だか、あ、『扱いが悪い』……?』


 やはりね、会話というのは有益だ。オレとジャンには、残念な出来のアタマしかついちゃいないんだが、こうやったお互いに話し込むほど良い認識が作られていく。嬉しくてね、笑顔になるよ。


「そうだ!この襲撃者どもはな、『扱いが悪い』んだ!もっと、略奪しても良いはずなのに……帝国貴族の手先とされているんだよ!!」


『て、帝国貴族の、手先……』


「亜人種の奴隷を売買する権利を持っているのは、どこの誰だ?」


『て、帝国においては、帝国貴族だけが、や、やっている商売ですよね。そ、そうか、亜人種を誘拐したということは……帝国貴族の利益に、貢献している?』


「それでいて、正規部隊でないとなれば、この襲撃者どもの地位は低い。練度と能力の高さと、釣り合うことのないみじめな仕事で使い潰されている哀れな使い捨ての手駒だ!!」


 多少は、盛る。


 言い方を派手にして、感情たっぷりにしているよ。


 そっちの方が有効だからな。それでも、嘘をついているわけじゃない。状況証拠しか使っちゃいないが、それらの全ては真実だ。この予想は、大げさに表現してはいるが、間違いではない。


『つ、使い捨て部隊……?そんな、ば、罰みたいな……?』


「罰だからさ!」


『ば、罰……ですか!?』


「どこの国にも、あるものだ。不名誉な犯罪者などを、戦場で消費しようとする企てがね!そういう立場の連中は、逆らえない!偉いヤツの手下として、こうやって消費されていくことになる!!オレはな、ジャン!聞いてくれ!!敵のことが、すっかりと見えて来ているぞ!!連中を、追跡して、皆殺しにしてやれそうだ!!」


『さ、さすがは、団長です―――』


 さすがは、ジャンだ。殺気を向けられる当事者のオレが、ギリギリで気づけている。やはり、よく訓練された敵には違いないのだが……そんな手練れの敵が放った、わずかな殺気に気づけたか。


 嬉しいよ。


 二重にね。


 ジャンの成長をよく感じられて……そして、オレは厄介な敵の一人を始末できるという名誉を得られるのだから。


 その襲撃が商船の脇腹に再び襲い掛かる直前に、オレは壁から飛び退いた。


 グガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!


「いい怪力だな!!」


 褒めてやる。戦士だからね、強い力そのものにはいつだって敬意を払いたい。それに、こいつは性格だって悪いわけじゃない。『守りたい』と考えたんだろう。ここでオレだけでも仕留めておかなければ、自分や『仲間』が狩られることになると心配した。


 いいヤツでもある。


 船底の壁を破壊しながら、その姿を現した……『怪物』はね。破裂した壁の木っ端が飛び交う奥に……貫いた壁から、醜く歪んだ姿が突き出ていた。魔物のようにも見えるが、そのギョロリと動いてオレをにらみつけた瞳には、ちゃんとヒトの知性を嗅ぎ取れる。


『罠か―――』


 そう。罠だ。『盗み聞きさせて』、オレというエサを襲わせた。嘆くことはないぜ。


 竜太刀を避けられずに、その胴体を深く斬られたとしても。


「―――そう、お前が優秀だからこそ、良い戦士だからこそ、この罠にかかったのだ」


 有能さの証明でもある。良い敵だ。褒めてやれるほどに。




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