第一話 『紺碧の底から来たりて』 その7


『さ、最初に見つけた穴だけが……外から?ほ、他とは逆……?』


「物的証拠は、そう教えてくれている」


 それが、何を示しているのかまでは語っちゃくれていないのが残念だがね。しかし、差異があるのだ。


「わざわざ、乗り込んで制圧した後に工作したのは確かだな。無意味なことを、するとは思えん。偽装は、この大きな裂け目を隠すため。敵の戦術的な目標があったのは、大きな裂け目に関してだ」


『これをする、意味……っということですよね?……え、えーと。ふ、船を浸水させて足止めしたとか、でしょうか?』


「それにしては、弱い」


『……た、確かに。もっと大きな穴を開けないと、中海は、大して波が強くありませんから。し、浸水もさほど起こらない……』


 ……考えが詰まりそうになる。そんなときは、シンプルに考え直すのも良いだろう。


「穴に、オレたちは何をする?」


『え、えーと。落とし穴……とか。あ、あとは、貯蔵用の施設とかも穴を掘って作ったりします』


「……そうだな。穴そのものに、用はない。用があるのは、機能だ」


『こ、この裂け目が、何に使えるかを考えるべきなんですね?』


「その通りだ。海水を入れるためでなければ、何だ?……『何』を入れようとした?」


『……う、うーん……?』


 裂け目を触る。


 外側から、かなりの力を入れて商船の側面の壁板をぶち抜いている。長柄の斧でやるよりも、強い威力……衝角でなければ……どうやって?……それとも、これは衝角の一種が開けた穴なのだろうか?あるいは、もっと別のものか。


「別のもの……穴。裂け目。通路……トンネル」


 言葉遊びのように連想をつなげていき、その言葉にたどり着いていた。


「……トンネルは、『何』かを通すためのモノでもあるし、『誰か』を通すためでもある」


『だ、『誰か』……って、まさか……ここから、穴を開けて船内に侵入したと!?それは、あ、ありえない…………い、いえ。ありえ、ますよね。ぼ、ボクたちなら、それをやれる』


「そう。ゼファーに頼っても、こういう工作はやれるし……」


 もっと、より気づかれずに『この裂け目を作れる者』もいる。最適な者がね。


「……レイチェルなら、『人魚』ならば、このぐらいの穴をぶち開けるのも容易くやるな」


『は、はい。レイチェルさんなら、す、水中でも息が出来ちゃうみたいですし。これぐらいの裂け目なら、一撃で開けられちゃいます……け、けど』


「『人魚』が帝国軍に協力するとも、思いにくいな」


 伝説的に希少な亜人種で、そう簡単にお目にかかれる相手じゃない。そもそも帝国軍は亜人種嫌いだ。『人魚』がいたとして、帝国軍の連中に協力する可能性は皆無だろう。皆無だが……可能性としては、ありえなくもない。


「ジャン」


『は、はい!』


「ヒトならば、この裂け目から体を船内に捻じ込むこともやれる。そうすれば、においがここに付着するはずだ」


『……っ!!嗅いで、み、みますね!!』


 甲板は血の海だったし、船内の通路も血まみれだった。その血は当然、ゆっくりと船を構成する板を伝い、その隙間からは滴り落ちもしている。つまり、この最下層の船倉は血のにおいが多くしてね、『狼男』でも集中しなくちゃ嗅ぎ分けは難しいかもしれん。


 今までと、違ったアプローチがやれるということさ。


 今は集中して、ジャンはその鼻先を裂け目に使っている……。


『……ひ、ヒトのにおいが、します。まるで、そ、その。団長の仰った通りに、こ、ここから侵入して来たかのようです……お、お酒と、たばこのにおいも、します……か、海水で洗われてしまって、ちょ、ちょっとだけしか残ってませんが』


「酒とたばこのにおいが身に沁みつくような男が、この裂け目を開けて……船内に入った。手練れの船員たちがいたとしても、こんな奇襲には備えられん」


『じゃ、じゃあ。やっぱり、『人魚』……が?』


「『人魚』に近しい能力を持った、帝国軍に協力する『誰か』かもしれん。『人魚』は、これをする理由もない。別の存在だろうよ」


『そ、そういう力を持った者……し、しかも、帝国軍に協力する者ということなら……も、もしかして、『帝国軍のスパイ』でしょうか?』


「ありえるな。連中ならば、何でもありじゃある」


 どんな怪人物が所属していたとしても、おかしくはない。


 ただし……。


「連中だとすれば、オレたちのことも当然ながら意識してくれているだろう」


『で、ですよね。『トルス』の劇場で会った、あ、あの男の子の……『帝国軍の呪術師』も、ぼ、ボクたちのことを報告していると思います……っ』


 ジャンに『祝福』をかけてくれた子供だ。悪感情はないが、『帝国軍のスパイ』の一員と知らず知らずに接触したという事実は、反省すべき点もある。


 敵に、こちらの多くの情報があの子を通じて伝わってしまった。ジャンという『狼男』がいるということも、あちらは知ったのだ。あの子が多くを話し、多くを観察していたとすれば……『嗅覚』の力もバレたかもしれん。


 あの子そのものは、ジャンに悪意を持たないかもしれないが。周りは、そうとは限らない。『帝国軍のスパイ』の連中は、異能の集団。帝国内で『自分たちの居場所』を確立するためにユアンダートに媚びを売っている……より精確には、ユアンダートの権力に。


 ユアンダート自身への忠誠じゃない。


 だから、明確に……ヤツの息子であるレヴェータを暗殺しようとも試みていた。息子を殺して欲しい父親はいないだろう。しかし、『帝国軍のスパイ』からすれば、レヴェータはユアンダートの権力を揺るがしかねない敵だった。


「慎重な行動をする連中だ。それにしては、商船をいくつも狙うのは派手な仕事過ぎる。それに、オレたちを意識しているのならば、『ゴルゴホの蟲の体液』でも使って、においを消したかもしれん」


『そ、そういうのは、していませんね……じゃあ。こ、これは、『帝国軍のスパイ』になれそうな力を持った人物の仕業?』


「男か?」


『は、はい。女性らしいにおいはゼロです。き、きっと、男だと思います。それが、この裂け目から……無理やり入って来たかのようなにおいが、あります』


「……外を、調べたくなるな」


『ま、まさか、この穴から外に出てみるとか!?』


「……それも良いな。外に、気配を消して……追跡しているヤツでもいれば……斬るチャンスかもしれん。まあ、お互いに、『同じこと』を思うだろうがな」




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