第一話 『紺碧の底から来たりて』 その6


 船倉へと降りるハシゴを伝って、その積み荷だらけの場所にたどり着いた。床には海水があるな……。


『し、浸水しているんですか?し、沈んだりしませんよね?』


「わずかなものだから、すぐにどうこうなるわけじゃない」


 靴の先で海水を蹴る……というか、掃いたような形になるな。わずかな浸水で、沈没の危険を感じることはない。もしも、沈みかけたら全員で水を掻き出すなり、ロープを使ってゼファーに引っ張ってもらえばどうとでもなる。


 だが。


 気にはなる。


『ど、どこから入ったんでしょうか?……せ、せっかくの小麦とか、食料がたくさん載せてあるわけですから。こ、これが、正常な形というわけじゃないですよね?』


「せっかくの小麦が、湿気てしまうからな」


 積み荷を台無しにすることを商人たちが喜ぶはずもない。これは、異常な状況ではある。海水とホコリのまじったものを踏んで、オレとジャンはこの海水の出どころを探し始めた。心当たりはないが、調べるべきは決まっている。『壁』だ。


「床板に開いた穴から浸水しているのならば、もっと多く入って来そうだな」


『じゃ、じゃあ。やっぱり、壁……あ!』


 薄暗い船倉の壁の一部に、裂け目があった。


 大きな裂け目じゃない。二メートル弱といった長さだろうか。横の長さはそれだけ、縦は、最大で五十センチから六十センチあたりの大穴があり、壁の裂け目に沿って左右の端に向かうほど狭くなっている……。


「『何か』が、衝突した。喫水線よりも、わずかばかり上……」


 『アリューバ海賊騎士団』の『海賊船』は、衝角を使った戦術も採る。この襲撃者どもが似た戦術を使ったとしても、不思議ではない……が。もっと派手な壊れ方をしても良さそうなものだ。


『で、でも。これが、もう少し下だったら、き、危険だったかもしれませんね。海水が、どんどん入って来ていたかもしれません』


「航行不能にしたいわけではなかった。この船の生存者とメッセンジャーとして、逃す気ではあったから……ふむ」


 裂け目から入る海水の流れを見つめる。波に船が揺らされる度に、ちょっとずつにじむようなペースで海水が入って来ていた。海水を……にらんだよ。こいつらが帯びた動きを、読み解きたくてね。


 船の揺れに従い、右に左にと海水は動く……。


 その動きを追いかけるように視線を使うと、また『裂け目』を見つけた。


『あ、あっちにも、穴が開いてますね!こっちほどじゃ、あ、ありませんが……』


「……そうだな。ジャン、お前は右回りで船倉の壁を調べてくれ。オレは、逆に回る」


『りょ、了解です!穴の数を、調べるんですね?』


「諸々さ。何だって、見つけられるものがあればありがたい」


『は、はい!』


 そう。集中し過ぎるべき時間ではない。今は、ありのままに状況を感じ取るべき時間であった。素直に、正しく、ただ知覚していくんだよ。『見つけた疑問』はアタマから追い出して、オレは海水がわずかに揺れる床を踏んで歩いた。


 積み荷は、ほとんど手つかず。


 『ほとんど』というところが、真実だよ。完全には無事じゃない。いくらか、漁られた痕跡もある。『ショーレ』の商船だからな。何かしら、金目の品を運んでいるかもしれない。戦士の仕事は、殺すことと奪うことだ。だから、襲撃者どももその当たり前のことをしようとはしたが―――『ほとんどしちゃいない』。


「積み荷が狙いじゃなかったんだ」


 眼中になかった。


 襲撃した船のサイズや戦力が小さい……あるいは、作戦時間に略奪用の時間は組まれちゃいなかったのか。いずれにせよ、そもそもの目的として積み荷を選んではいなかった。多少、漁っているのは……末端の兵士が行った自発的な盗みの痕跡といったところか。


 壁に、視線を戻す。


 また、裂け目があった。


 最初のやつに比べると、これもずいぶんと小さいものだった。控え目な破壊。『狙ったように』、喫水線よりわずかに上。おかげで滝みたいに海が流れ込むことはない。


 色々と、怪しげな点が見つかるが、今は観察を続行しよう。


 壁を伝うように歩いて、すぐにジャンと出会った。


「何を見つけた?」


『あ、穴です。あっち側にも、一つ』


「小さい裂け目か。ちょうど、このあたりの高さの」


『は、はい!わずかに、海水が入って来るぐらいの高さでした』


「なるほど。四つ、穴が開いている。左舷に二つ、ほとんど真後ろに一つ、右舷に最大の裂け目が一つ……か」


『よ、四か所も、あるんですね』


「多いよな」


『は、はい。そんな気がします。こ、これって、何なんでしょうか?……小さな穴ばかり開けても、ふ、船って、そう簡単に沈みませんよね?』


「それに、『どっちから開いた穴』なのかも重要だ」


『え?』


 きょとんとするジャンの真横を過ぎて、壁越しに歩いた。すぐに、その裂け目と出会えたよ。これも、小さな裂け目。喫水線より上を狙って『作った』ものだ。裂け目をガルーナの野蛮人の指で、なでるように触っていく。分かるよ、雑で強い動きだからね。


「柄の長い斧を使って、内側からぶっ叩いている。最初の、デカい裂け目だけは……外からの動きで作られているのにな。こいつも、偽装工作。何かを隠している。デカい裂け目を隠すためだけに、この無意味な穴を後から作った」




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