第一話 『紺碧の底から来たりて』 その4
襲撃者についての情報を、より探すことにする。
「複数の商船を短期間で襲っている。海に慣れた手練れの商船に追いつく……操船技術と白兵戦等、どちらにおいても練度の高い連中と言えるだろうが……足跡の数は控え目だ」
『そ、そうですね。臭いの数も、そうです……十数人、といったところでしょうか?』
「だろうな。オレの感覚とも、その数ならば一致する。乗り込んで来たのは、十数人……それだけで、この惨状を作り出したか。手際が良い」
『よ、よく訓練された部隊、なんですね……っ』
「ああ。それにしても……こうも、手際が良いとなると……」
普通ではない。『ショーレ』の商船乗りたちも、帝国軍を警戒していたはずだ。襲撃された者たちの体躯も大きく、こちらもそれなり以上の練度があったというのに、容易く圧倒されたとはな。
方法は、いくつか考えられる。
その中でも最たるものは……。
「奇襲して来た」
『け、警戒する商船に、奇襲を……すごく、れ、練度の高い敵なんですね!?』
「霧にでも紛れたか、闇にでも隠れたか……あるいは、目立たない小型のボートで仕掛けたか……商船や漁船にでも偽装していたか。色々と、考えられはするが……」
生存者たちに訊いて、確かめるべき点だが……。
『本当に良い奇襲』であれば、彼らも正しい状況を把握しちゃいないかもしれない。
「生存者を、あえて残した。多くは死ぬと考えていただろうが、数名は自力で生き延びただろう。航行不能にすることもやれたはずだし、そもそも……船ごと奪っても手っ取り早い。それを、していない」
『ど、どうしてでしょうか?』
「……メッセンジャーとして、使った」
『さ、差別を、煽るために?』
「それもあるかもしれんが……より戦術的な理由かもしれん。この襲撃を行った者たちは、生存者が自分たちの『手法』を正しく認識していないと考えていたのかもしれん」
『つ、つまり……え、えーと……ひょっとして、せ、生存者の証言を聞いたら、それが『事実と異なる』かもしれないって、ことです……か?』
「ガルフならば、そうするだろう。わざわざ生かした。複数の商船を襲ったのだ。まだまだ襲いたがっているはず……手の内をバラすことはない。この練度と残酷さで襲撃をする連中にしては、目撃者を生かしておくのは甘すぎる」
『な、なるほど。それじゃあ、ぼ、ボクたち、がんばって調べるべきですね!』
「そうだ。見逃している点が、あるかもしれん……もし、オレの読みの通りならば、偽装しているはずだ。何かを、この惨劇の何処かに隠している」
残酷な襲撃の現場を見回していく……。
偽装するとすれば、何処だろうか?
すぐに見えるところではないはずだ。そして、『他とは異なる傾向がある』。違和感を覚える場所を、探ればいい……オレたちの認識が、優先順位を高く保つことのない場所。『ちゃんと見落としてしまう場所』にこそ、隠したい痕跡があるはずだな。
……マエスのレッスンが役立ちそうだよ。
マエスは、悪人の心も被害者の心も、目撃者の心も探れる。あれを真似してみようじゃないか。
襲撃者の心を探る……そう集中するんだ。敵は、どんな視点でこの惨状をデザインしたのか……。
……『オレたちを騙そうとしている襲撃者』ならば、オレたちの動きも予想済み。
今このとき、オレたちがしていることこそ、敵のデザインした戦術の一部だ。
「……『負傷者を救おうと必死にさせたかった』か。となれば、オレたちが無視する場所があるな」
『ふ、負傷者が、いない……場所?』
「あるいは、生存者がいない場所だ」
『……っ!!』
賢くないアタマを持っているのが、我々なんだがね。それでも、問答を互いにぶつけ合うことで賢い判断を作れもする。二人そろって、そこを見ていた。船室へとつながる階段。死臭が漂って来る場所……生存者の魔力がない、船の内部だ。
『も、もしかして、襲撃者の隠したい痕跡は、せ、船内に?』
「あるかもしれん。生存者を、優先して救おうとするのならば……死者しかいない場所を調べ続けるような真似はしない」
これはあくまでも推理である。それゆえに、考えているだけでは証拠は得られない。行動するべきだよ。賢さが足りない自覚がある我々は、あの暗がりの奥へと行くべきだ。
ジャンを連れて、船室へと降りる細い階段へと向かう。中から逃げ出して来た者が残した血の道がある。引きずり出された者もいるだろうな……靴底で、彼らの哀れな血を踏みながら階段を軋ませながら降りる。
静かな暗がりと、死臭に満たされた細長い通路。船室へとつながるドアが並び、より下の階層へと続く階段も見えた……。
『ど、どこから、調べましょうか?い、意外と、広いですけどっ』
「……下だな。見ろ、あそこの階段を」
『……っ。ち、血が、べっとりですね』
「あれだけの出血量で、自ら動ける者はいない。引きずられたんだ。だから、服の切れ端が、古い踏板のはしっこに残っている」
『ほ、本当だ。下に……引きずり込まれたなら、あ、あんなふちのところに布切れが引っかかることは、ない……と、ということは!』
「そう、逆だ。下から、引き上げられた。隠すためかもしれん。やがて来るオレたちに調べられたくない痕跡が、そこに残っているのかもな」
遠ざけるべきだ。単純な行いだが、それは有効だよ。生き残りの証言が、『誤った認識』であればあるほど……それを耳にしてしまった後のオレたちでは、より見過ごしてしまう真実があるような気がする。
死者でいっぱいの空間なんだぜ。船室のどの階層にも死体があってもおかしくないだろうに、わざわざ重傷者を運んだ。下から。ならば、行ってみるべきだろう。罠には、注意しながらね。ガルフだったら、読まれることも読んで、罠の一つも仕掛ける。
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