第一話 『紺碧の底から来たりて』 その3


 猟兵と到着した医療スタッフによる救命処置は続く。『コウモリ』化した最も重傷な者たちを除いて、朝陽がこの商船に届く頃には一通りの治療は完了した。そのあとは、『コウモリ』になった重傷者の手当をする番となる。


 『闇』の加護から出た重傷者たちを見て、ゼファーが連れて来たくれた者たちは驚きの声をあげた。


「生かしてみせて、いるのか……っ」


「これだけの深手を……っ!?」


「これこそが、『吸血鬼』の力だ」


「『吸血鬼』……っ」


「伝説の、第五属性……」


 『プレイレス』の医療者はインテリが多くて助かるね。『吸血鬼』が使う『闇』の魔力についてまで知っている。全ての魔力を統べる属性……それこそが第五属性『闇』であり、血は魔力を何よりも多く含んでいるものだ。


「止血しているんだね。それも、手足と傷の近くだけを」


「胴体と心臓、頭部の血流は優先的に巡らせている……すばらしい力だよ!」


『……え、えへへ。本職のお医者さまたちに褒められると、照れちゃうっす』


 カミラも成長している。あちこちで負傷者の治療をして来た。よく読み返してもいるんだぜ、ガルフが猟兵全員に買い与えてくれた解剖学のテキストなんかも。


 やさしい心の持ち主に、血を統べる『吸血鬼』の力があれば、こんな奇跡も起こせる。


「よく勉強しているんだね。これなら、彼らも……助けられるかもしれない」


「さっそく、傷口と大きな血管を縫うとしよう。『吸血鬼』さん」


『はい。カミラっす』


「カミラさん、我々が指示する場所の血の流れを、操ってもらえるかな?」


「それが叶うなら、魔法のような処置が行えそうだ」


『やれるっす!どんな場所の血の流れだって、制御してみせるっすから、お医者さまたち自分に指示を与えてくださいっす!』


 頼りになるよ。専門家と、奇跡の力が一つになった。通常ではやれない、常識はずれの救命処置がこのチームならやれるんだよ。


 ……となれば、オレの出番はここにはない。


 役割分担だ。効率的にそれを行うことで、より有効な選択が採れるようになる。


 揺れる朝の甲板の上で、額ににじんだ労働の汗も拭かないまま……眼帯をずらして魔眼の力を全開にした。潮風みたいにしょっぱい汗が口に入るが、気にしない。すべきことをする。


「ジャン」


「は、はい!調査を、するんですね!?」


「ああ。この商船で何が起きたのかを調べる。負傷者たちへの尋問は、後からでもいい。むしろ……」


「うむ。今は、そっとしておくべきだ。意識が戻りかけの者もいるが……会話をして襲撃されたときのことなど思い出させれば、興奮と恐怖でムダに身体へ負担をかける」


 リエルの薬草医としてのお墨付きをいただいたからな。船そのものへの調査をすべきときだ。


 ぽひゅん!


『じゃ、じゃあ。行きましょう。ぼ、ボクは、『狼』の姿で鼻を使ってみます。こ、こっちの方が、足元のにおいも嗅げて、ゆ、有効ですから』


「頼むぜ。じゃあ、ついて来てくれ」


『さ、サー・イエス・サー!』


 『狼』の姿となったジャンを引き連れて、甲板を歩いて回る。血の足跡が、あちこちについていた。


「敵の足跡もある。新しくて、活きがいい。戦闘の勝者だけが踏める足跡だ」


『これ、て、帝国軍のブーツのにおいです。革の……て、手入れに使うときの脂のにおいもしますから。きっと、ま、間違いないと思います』


 帝国軍は軍需物資の使用も管理している。帝国貴族や帝国商人が、それらを占有した売買を行うことで儲けるために。数万人のブーツの管理に使う脂だ。とんでもない金が動く。その権利を有している帝国の有力者は、その美味しい利益をおいそれと手放しもしない。


「確実だな。襲撃は、帝国軍によるもの。偽装した者による犯行だったとすれば、鎧や服装は真似たとしても、さすがに靴の脂までは用意しない」


 通常、それは意味のない偽装だからだ。


 靴の専門家がじっくりと鑑定でもすれば違いが分かるかもしれないが、『普通の感覚』では、脂の区別などつくはずもない。意味のない偽装を、する者は極めてまれだ。


『襲撃を、ぎ、偽装する集団も、いるんでしょうか……っ?』


「可能性はある。良くも悪くも、支配者が変わったばかりの土地だ」


『そ、そうか。『プレイレス』の各都市の、きょ、極右勢力とか……』


 悲しいことではあるが、愛国的な心が調和に結びつくとも限らない。『プレイレス』の全ての都市が協調して『自由同盟』の側に立つことは、政治的な判断として決まったがね。全員が全員、それに同意しているわけでもない。


「『王無き土地』の良くも悪くもあるところだ。それぞれの意見を尊重する」


 『自由同盟』に入ることを望まないと主張する『自由』が、この『古王朝』からの歴史と文化を継承する土地にはあった。もちろん、それを許さない『自由』もあってね。支配というものは、強引であるべきときがあった。


 反乱分子は、叩き潰す。


 それも政治と軍隊の仕事ではある。良かれ悪かれ、オレたちは力尽くにでも結束しなければならない。敵はあまりにも強大なんでね。


『み、身内同士での対立なんかじゃなくて、良かったです』


「ああ。政治的に有効な戦術になりかねん状況だったぜ」


『そ、そうなんですね?』


「『この船にいた被害者たち』には明確な共通点があったからな」


『……え?あ、ありましたか?』


「ある。全員が、人間族だ」


『……っ!そ、そういえば、そうですね。亜人種のにおいは……ち、血にしか、ない』


「血にはあったか」


『あ、あります!』


「ならば、敵の帝国人は亜人種を奴隷とするために連れ去ったんだろう」


『そ、そんな!?』


「すみやかな救助をしなければ、亜人種側から不満も募る。それを、デザインしたのか、あるいは……もっと自然に、亜人種を『モノ』として見ている帝国兵の仕業か……どっちにせよ、すべきことは決まっている」


『こ、殺しましょう。この襲撃をしたヤツを、許しては、おけません』


「その通りだ」




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