第一話 『紺碧の底から来たりて』 その2
『コウモリ』でズタボロにされた商船の周りを飛ぶ。オレの魔眼と、カミラの『吸血鬼』としての血への感度、ジャンの嗅覚……それらが上手く『視線』によって統一されていった。見るべきところを、『コウモリ』が見るように動いたというわけだよ。
おかげでね。
驚くほど明晰に、状況を把握できてしまう。
猟兵という戦場の霊長でなければ、数多の激戦をくぐって来た歴戦の猛者でなければ、この強烈で無慈悲な残酷に吐き気どころか、狂気を催したかもしれない。それほど、残酷なものには魂を引き込んでしまう力がある……。
『ミア、適当に感じて、流しておけ』
『ラジャー!』
感情的になり過ぎることは、心を過剰に傷つけてしまうことだってあるからね。セーブする必要もあるんだ。マエスが、昨日、帝国貴族の一家の悲劇に同調し過ぎていたオレに使ってくれた言葉と同じ質のものをミアにも使うのさ。お兄ちゃんだからね。
まあ。
ミアは、そんなことは自分でやれちまう。誰よりも、純度の高い猟兵なのだから。
むしろ……。
カミラが一番、不慣れな状況ではある。『吸血鬼』に囚われた過去の悲劇も思い出しているようだが―――それでも、使命感が機能するうちは耐えられる。だから、言葉を使わない。カミラは、集中しているんだ。『最も多くを助ける方法』を作ろうとして。
……『救うべき者を見つけようとしている』のさ。
『コウモリ』になって、視線を共有しているからこそ分かるんだよ。これは、ついさっき固めたはずの方針とは、いささか異なってもいる。『見捨てるべきを選ぼうとはしていない』。ガンダラのくれた現実的なプランよりも、さらに上のことを考えたがっている。
だから。
言葉なんてかけて、このとんでもない集中力と野心的な挑戦を、彼女の夫であるこのオレが止めたりするはずないじゃないか。カミラの願いならば、それがどんなに困難でも、可能な限り応えるべきなんだよ。
ヨメだからだし、猟兵が何かを望むのならば……猟兵団長は信じるのが義務だ。『最強』を集めた。その『最強』が、やれると考えたことならば、不可能ではない。限界があるのなら、それを超越するのが『最強』という才能なのだ。
『ゼファーちゃん!!こっちに近づいている船に飛んでください!!応急処置の技術を持つ人たちがいるはず……彼らを、一人でも多く!一分でも早く、船に連れて来てくださいっす!!誰かの命を助ける覚悟がある者なら、竜の背にだって飛び乗れるっすから!!』
『らじゃー!!ちかくのふねに、いってくるね!!』
『おねがいっす!!……あ。ソルジェさま、相談もなく、ゼファーちゃんに命令しちゃって、ごめなさいっす』
『構わん。それよりも、指示をくれ。カミラが最も、この状況でオレたちがすべきを理解している』
『……はいっす!船内に、負傷者はいません……生きている方は、外に、出ている方だけっす』
『そうか。船内には、しばらく用はない』
『はい。きっと、動ける方は船内から『逃げ出した』んすね。何かに、怯えた。何かは知りませんが』
『『そいつ』、いるなら私が倒すよ?』
『い、いないと、思います。臭いが、しません。な、何時間か前に、どこかに移動したんだと思います』
『ならば、気にする必要はないですな。全員を、救助要員に使えます。カミラ、指示を』
『はい!リエルちゃんとロロカさんは、血止めの秘薬の準備を。船の中央が処置の場っす。清潔ではないっすから、薬で無理やり消毒をしてくださいっす!』
『うむ!』
『任せてください』
『そこに、全員を集めるようにしてください。中央には通路を作って処置がしやすいように、二列の並びで済むと思うっす。集めるのは、吊るされてない方だけでお願いするっす。吊るされている方は……自分が、『闇』に包み込んで、命をつなぎます。あとの処置は、自分たちと、ゼファーちゃんが連れてくる医療者に頼るのみっす』
『それが、最善だな』
『はい!』
『カミラ、オレたちを『コウモリ』から戻してくれ。お前は、重傷者を『闇』にどんどん取り込んでくれ!』
『はいっす!皆を、元の姿に戻すっすよ!!』
視線が集まっていく感覚に襲われ、オレたちはすぐにそれぞれの姿を取り戻した。
「動くぞ、負傷者を集めろ!動けない者は、その場に留め置くんだ!!」
「動けない負傷者は、私にお任せ!」
「ああ、任せたぜ」
ミアの筋力は太った体格の多い海の男たちを運ぶのには向いちゃいないからね。これで、役割分担は完了だ。あとは、行動するのみ。
感情も思考も、警戒心さえもしばらくは要らない。作業の時間だ。甲板を走り回り、動かせそうな負傷者を両腕で抱えると、甲板の中央に連れていく。そこで、リエルとロロカによる治療を受けるわけだ。
カミラは、船の側面だとか、帆柱だとかに吊るされている者たちのなかで、死んでいない者を選び、『闇』のなかへと連れ込んでいく。血の巡りを、『吸血鬼』の力ならば操れるからだ。『闇』のなかで、一種の救命・延命措置を行える。
これらの選別と並び置く作業は、すぐに終わった。それほど、多くの生存者がいないからでもある。悲しいことだがね。それでも、治療に夢中となるべきだった。
『つれてきたよー!』
ゼファーが外科医や薬草医を連れて来てくれたから、治療の手は足りる。それでも、全員は助けられないのが現実でもあった。この悲しみに、カミラは可能な限り抗っていたよ。『コウモリ』のなかで治療をしてやりながらも、『外』にも『闇』を使う。
とんでもない集中力と―――才能だ。
『吸血鬼』としての才能は、カミラは前任者をはるかに超えている。ただ殺戮と嗜虐にしか力を使えなかった怪物とは異なり、今は……この『霧』のように細かな『闇』の魔力の粒子を宙に漂わせることで、甲板にいる全員の止血をしているのだから。
全員は、助けられない。
しかし、通常ならば死ぬであろう多くの者を、カミラ・ブリーズは救ってみせているのだ。さすがは、オレのカミラだよ。
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